上陸第一歩

2004年最初の映画館行き。鍛冶橋通りをテクテク歩いて、フィルムセンターへ行った。明治製菓本社ビルが改築中とのことで、移転したわけじゃなかったと知って嬉しかった。明治製菓はやっぱり鍛冶橋通りにあってほしい。満月の夜、帰宅直後に、アマゾンから本が届いた。Flannery O'Connor "The Complete Stories" 1冊のみ。一緒に注文した馬生師匠のディスク『今戸の狐』は品切れで無念なり。

「撮影監督」に焦点を当てた特集、非常にわたくし好みで嬉しいかぎり。嬉々とお出かけ計画を練って予定を手帳に書き込んでホクホクだった。と、計画を練っているときが一番たのしくて、つい行き損ねてしまうことの方がずっと多いのだけれども、さて今回は何本見られるかな。記念すべき最初の一本は、日本映画のもっとも好きな系譜の戦前松竹。

場内が暗くなってスクリーンに画面が映って、そのショットにさっそくワクワクだった。しばらく音楽とともに波止場の情景がパシャパシャと何度か続く。固定カメラで撮ったショットがどんどん切り替わっていく。その凝ったアングルがいかにもな昭和モダニズムで面白かった。と、「撮影監督」を冠した特集、さっそくキャメラに注目だった。チラシの紹介によると、今回の撮影を担当した水谷文二郎は「ダンディな外見や身ぶり」だったとのことで、そのことを実際にスクリーンを見ることで、しっかりと実感できた。

ストーリーは波止場が舞台、入水自殺を図った薄幸な水谷八重子を船乗りが助ける、水谷八重子を追う悪者「ブルジョワの政」(というネーミングに思わずプッ)と船乗りが酒場で喧嘩をして、船乗りが強い強い、仕返しを企むブルジョワの政、結末やいかに! といった感じの、特になんということはない実に単純なものなのだけれども、全編にただようある種の古風さにひたるのが楽しいのだった。いろいろな意味で過渡期にある感じで、無声映画っぽい箇所多々ありなのが、また楽しかった。

固定カメラが多いのと水谷八重子をはじめ俳優のセリフまわしとで、全編思いっきり新劇調、同時代の演劇に思いが及んだり、時折キャメラのアングルが凝っているのを目のあたりにすることで同時代のモダニズム写真のことに思いが及んだり、などなど。原作(というほどのストーリーではないが)は北村小松で、以前とても面白く読んだ、田中真澄著『小津安二郎のほうへ』のことを思い出した。

はじめの方の酒場のシーンで、女がピアノで奏でるのは《カルメン》のハバネラで、酒場の女たちがポワ−と煙草をくゆらすけだるげな様子、そのまんま《カルメン》の煙草工場の女工みたいでワクワクだった。身支度のとき水谷八重子は、炎が消えたマッチで眉を書いたりする。なにかの小説でも見たことのあるシーンだったから「あっ」となった。船乗りがパイプを床に何度か落したり、鏡に写る画像を捉えるショットが何度か登場したり、いろいろと小道具が凝っているのだった。

まとめてみると、いかにも戦前松竹なのが嬉しかった。

チラシの紹介文:港町を舞台にしたメロドラマで、スタンバーグの秀作『紐育の波止場』(1928年)を下敷きにした。当時はキャメラの回転音が録音を妨げるため、撮影者ごと電話ボックス大の箱をかぶせていたが、本作では撮影中の火災で箱の中の水谷があわや焼死という事件もあった。