新書百冊

このところ、急に古本屋で新書(上限は200円)を買うのがたのしみになってきたところで、ずっと読み逃していた坪内さんの新書本の存在を思い出して、昼休みに本屋さんで買って、そのままコーヒーショップに移動。古本の新書にどんな本があるかなとガイドブック気分で軽く眺めるつもりが、いったん読み始めてみるととても面白くて、ランランとページを繰った。まるで初めて坪内さんの本を読んだときのように心がスウィング。これから先の古本屋行きがとってもたのしみになってきて、とにかくも楽しくて嬉しくてためになる。いてもたってもいられず、帰りも昼休みと同じコーヒーショップに寄り道して最後まで一気に読んだ。心なしか夏休みムードがただようオフィス街、いつもよりも静かなビル街の谷間で新書一冊を手に大興奮だった。

目次のあとにある「新書百冊」を積み上げた写真がとてもいい感じ。読書私史とともにリスト化された百冊の新書、百冊の新書とともに登場する付随する書名ともども、こういう本は文句なしに面白いのだったが、この本のなかほどで山口昌男による「教科書型の勉強」と「カタログ型の勉強」という言葉が登場して、山口昌男の《本を読む愉しみの大部分は、ある本が前提とする知識の目録を作るところにあるというのが、私の長い間試みている本の読み方である。……》という一節が抜き書きしてあったりする。なるほど、この『新書百冊』のおもしろさというものは、坪内さんの「選択」した新書を見通すことでその「カタログ型の勉強」の軌跡の一断面をまざまざと眺めるところにあるのだと思った。

百冊のはじめの方に、大岡信『詩への架橋』(岩波新書)が登場して「おっ」だった。とうてい「新書百冊」リストなんて作れそうもないような、とぼしいわが新書史を振り返って、一番最初に意識的に読んだ新書は何だったかなと思い出すと、まさしく『詩への架橋』なのだ。高校にあがってからだと思うけれども、図書室で借りて読んでとても感激して欲しくなって、学校の最寄りの駅前の本屋で買ったのを覚えている。当時萩原朔太郎の詩にとても夢中だったけれども、なにゆえそんなに夢中になっているかは自分でもよくわからなかったのが、大岡信の朔太郎論を読んで「なるほど!」とその鮮やかさに感激したのをよく覚えている。(どんなことが書いてあったかはもう覚えていないけれども。)

……と、はじめの方に登場した『詩への架橋』のあとは、読んだことのある本は少なかったので、坪内祐三新書百冊』は絶好のガイドブックでもあった。読みたい本をいろいろ心に刻んだ。「新・読前読後(id:kanetaku)」で最近知って、このところ新書コーナーに行くたびに探すもののいまだ未入手の、福岡隆『日本速記事始』(岩波新書)と北見治一『回想の文学座』(中公新書)をはじめとして、この先、古本屋さんで安く見つけたら買おうと決意の新書がザクザクだった。


と、将来の古本屋さん行きがますますたのしみになってきたところで、先週行ったばかりの、市ヶ谷の古本屋さんにさっそく行ってみた。夏休みかなとちょっと不安だったけれども、きちんと営業していて嬉しかった。店内に足を踏み入れると、きこえてきたのは明らかにグールドのバッハ、《イギリス組曲》だ! と、ますます感激だった。いい古本屋さんだ。今度来るときはどんな音楽が流れているのだろう。

新書百冊』で読みたいと心に刻んだ数多くの本のうち、さっそく2冊を各100円で発見。長田弘の『私の二十世紀書店』を紹介する際に坪内さんが挙げていた、オーデンの『染物屋の手』(中桐雅夫訳/晶文社)がとっても欲しい。そういえば、同じく坪内さんがどこかで紹介していた中桐雅夫訳のオーデン詩集もずっと探しているけれども、いまだ未入手なのだった。『私の読書』は、大江健三郎が「作家評伝を読む」という文章でフォークナーやラウリーを紹介していることを知って、欲しくなったもの。萩原朔太郎の次くらいに十代に夢中だったのが、大江健三郎の初期小説だった。オーデンの名前も大江健三郎を通して知って、フォークナーを読んだのも大江健三郎がきっかけだった。と、猛烈に懐かしいのだったが、『詩への架橋』といい大江健三郎といい、坪内祐三の『新書百冊』を機に急にこちらもノスタルジックになってしまったのがおかしかった。帰宅後、『詩への架橋』を探すべく本棚を探索したが発見ならず。度重なる引越しの合間にどこかへ消えてしまったらしい。『詩への架橋』も欲しくなってきた。

と、『新書百冊』で急に二十世紀英米文学気分が盛り上がったところで、この本を発見。『夜の樹』と『叶えられた祈り』と、川本さん訳のカポーティ―が大好きだったなあとまたもや回顧モードだった。文庫解説は村上春樹で、村上春樹が文庫の解説をしているのを見たのは初めてだった。1991年のブッシュ湾岸戦争時のことを書いていて、現在の情勢のことを思って、うーむとなった。つい先日、人の家で雑誌「エスクァイア」を見ていたら、村上春樹の音楽に関するインタヴュウが載っていて、とても面白くて妙に感動だった。