コーヒーと本

いつもよりだいぶ早くに外出して喫茶店でコーヒーを飲みながらじっくり読書、というのをしたくなるのは金曜日の朝が多い。今日は岩波の新大系の『江戸歌舞伎集』を持って外出。何を思ったのか、このところ急に元禄歌舞伎に夢中で(こういうのを「マイブーム」というのだろうか)、旧大系の『歌舞伎脚本集』で坂田藤十郎近松コンビの歌舞伎を読み、戸板康二の注釈付きの『歌舞伎名作集』で『傾城浅間嶽』を読んだあとで、夏に『御摂勧進帳』目当てに入手した新大系の『江戸歌舞伎集』を眺めてみると、京都から江戸に帰ってきた中村七三郎が『傾城阿佐間曾我』というのをやっている! 赤穂浪士の討ち入りから間もない元禄16年正月の上演。で、和事師・中村七三郎の次は荒事の團十郎だてんで、今朝は『参会名護屋』を読み始めたのだった。先月に演博で七代目三津五郎の踊りの衣裳を見たときにその名を刻んだ「朝比奈もの」の創始者中村伝九郎が登場していて嬉しい。……などと、朝っぱらからマニアックなよろこびにひたった。それにしても新大系のどこまでも行き届いた注釈と構成にはあらためてフツフツと感激で、研究の成果というようなものがまばゆいばかり。『参会名護屋』を読んだら、同じく新大系の『上方歌舞伎集』であらためて『傾城浅間嶽』を読んでそれから歴史を先に進むか、それともちょいと近松を強化するか、いずれにせよ、本読みの歓びが増殖して嬉しい師走なのだった。

購入本

帰りは神保町に寄り道。岩波ブックセンター書肆アクセス東京堂、喫茶店でコーヒー、といういつものコースをたどった。ゆっくりコーヒーを飲みながら本を読むことができるという日常はなににもかえがたいなあとしみじみだった。いつまでもこんな日が続くとは限らないのながら、その日その日を大切にしようと思う。などと、急に背筋が伸びたのは(でもすぐ曲がる)、今日買ったのが嬉しい本ばかりだったから。

先日買った「彷書月刊」の広告で、「紙魚の手帳」の最新号に「敗戦後廃墟のなかに創刊された文芸雑誌『苦楽』」という論考が掲載されているのを知った。こうしてはいられないとさっそく書肆アクセスへ買いに行ったのだったが、「紙魚の手帳」を手に取ったそのとき、野見山暁治さんの本が目に入った。前々から気になっていた『パリ・キュリイ病院』がいつのまにか復刊している上にとても素敵な造本でうっとり、思わずガバッと買ってしまうことに。書肆アクセスでは他の本を買うつもりでいたのだけれど、今日も思いがけない本を買うことになった。書肆アクセスではこういうことがとても多い。そんな思いがけない本を手にすることができるのが書肆アクセスのすばらしいところなのだ。

東京堂では当初からの予定通り、保昌正夫さんの本を買った。署名本コーナーに買い損ねていた野見山暁治さんのエッセイ集が積んであって、思わずガバッと買ってしまいそうになったけど、今度は無事こらえた。保昌正夫さんの名前は今まであちこちで遭遇していたものの、まとめてじっくりと読むのは三回忌に編まれた本書が最初となった。保昌正夫さんは「こつう豆本」の『昭和文学歳時私記』を読んだのが最初だったので、「こつう豆本」でその名を刻んだあとでじっくりと遺稿集を読む、という展開が共通する徳永康元のことを思い出したりも。『一巻本選集』でまっさきに読んだのは「岩本素白一面」という文章。素白つながり、というところも徳永康元と同じだなあと、しみじみ嬉しかった。