京阪神ふらふら日記(下)阪神篇

御堂筋線にのって梅田駅で下車して、生まれてはじめて阪神電車にのった。昨日の阪急に続いて、阪神も単に電車に乗るだけでものめずらしいという旅行者気分を満喫。山本為三郎著『上方今と昔』(2年以上前に作成の自作ファイルに詳細あり:http://www.on.rim.or.jp/~kaf/days/image/2003-01_28.html)を読んだとき心ときめかした箇所のひとつが、鉄道網の整備による京阪神文化形成、のくだりだった。阪急、阪神とも、乗車して目的地へ向かう、その移動そのものでなんとなく京阪神の圏内ということを思って、日頃からいろいろな本を通して勝手にあこがれていた京阪神にやって来たなあ! と嬉しい。車窓からの山並みの様子がいかにも関西という感じがして、いい眺めだなと思った。

とにかくも、阪神電車は乗車自体が初めてだったので、通過する駅名を眺めるだけでもたのしい。たとえば「尼崎」では、かの有名な尼崎、と頭の中は一気に太功記十段目、もしくは渡海屋銀平、あるいは洲之内徹の文章のなかの白髪一雄のことも思い出し、そうだ、わたしにとって尼崎といえば白髪一雄だ、クーッ、かっこいい、とひとりで盛り上がったり。それから、自分でも意外なほど興奮したのが「甲子園」を通過したとき。実家の父は関西育ち(兵庫県のとある阪急沿い出身)の阪神ファンで、昭和末期に何年ぶりかで優勝したときは一家で大騒ぎ、当時小学生だったわたしも父が喜んでいると心から阪神の優勝を祝ったものだったけど、前回優勝時はいたってクールなわたしであった。大人になったのだ。が、阪神電車に乗って「甲子園」の文字を見たとたん、日頃はまったく意識していなかったわが内なる阪神タイガースが突然目を覚ましてびっくり。聞くところによると今年は阪神は確実に優勝するとのこと(ほんまかいな)、たのしみたのしみ。

と、そんなことはどうでもよく、本日最初の目的地は神戸市立小磯良平記念美術館(http://www.city.kobe.jp/cityoffice/57/koiso_museum/)なり。魚崎で六甲ライナーに乗り換えて、車窓の近未来な眺めに見とれる間もなくすぐに下車。日差しがサンサンと照りつける石造りの建物が目当ての美術館、適度に見物人が集っている様子や絵の展示している感じなど、全体的の印象がたいへん好ましい美術館だった。じっくりと絵を眺めて、絵を見るってしみじみたのしい行為なのだなあと心ゆくまで満喫だった。

あんまりくつろぎすぎて美術館でつい長居、気がつくと、早くも時分どき。再び阪神電車に乗って、次なる目的地へと向かった。住吉、御影、という駅名を見たとたん、急に胸がキュンと高まった。戸板康二は東京山の手育ちだけど、慶応の学生の頃は父が関西に転勤していて、実家は住吉に居を構えることとなり、学生時代の戸板さんは下宿暮らしをしている。なので、長期休暇になると関西に「帰省」することになって、おかげで戸板青年は当時の関西の芝居を見られたりと関西文化を享受するという幸運にも恵まれ、のちの歌舞伎評論の仕事に大いに役にたったという。のみならず、藤木秀吉という人物との出会いも舞台は阪神間であった(自作の「戸板康二ダイジェスト」に詳細あり:http://www.ne.jp/asahi/toita/yasuji/c/special/002.html)。戸板康二の実家が阪神間だったのは昭和7年から12年までの5年間、「阪神間戸板康二」には前々からとても思い入れが深く、いつかかの地に出かけてみたいものだとつねづね思っていた。少しだけどやっと実現して嬉しい。

と、1930年代の阪神間(と戸板康二)に思いを馳せつつ下車したのは下瀬川。次なる目的地は、御影公会堂(http://www.kubori.net/fathers/view/mikage/index.html)なり。本日の昼食はこちらの地下食堂でオムライス。これまたしみじみすばらしい空間で、なんといったらいいのか、びっくりするくらい素敵だった。建築見物はどこまでもたのしく、地下だけど窓は吹き抜けになっているのでサンルームのように適度に明るく、窓の外の緑が目にやさしく、空間に居合わせているだけで至福、オムライスも結構結構。近所の人が気ままにご飯を食べにきているというふうなまわりのお客さんの様子などもいい感じだった。御影公会堂の着工は昭和8年なので、昭和7年から12年までの「阪神間戸板康二」と同時代ということになる。なんとも至福のひとときだった。

昼下がりは阪神間ぶらぶら。最後は芦屋で下車して、芦屋市立美術館と隣接する谷崎潤一郎記念館で閉館までのんびり。だいぶ日差しの強い一日だったけれども、夕方になると急に風が涼しくて、いい心持ちだった。芦屋川沿いをテクテク気持ちよくお散歩、JR の線路を越えて、洋菓子やでおみやげをみつくろって、阪急の駅にたどりついて大阪へと戻った。



以下つづく。

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