光文社文庫の《幻の探偵雑誌シリーズ》を繰る

だいぶ早くに外出して喫茶店でコーヒー。家計上での(自分内)新しい月に入ったところなので、今月こそは極力本を買わないようにして、部屋の本棚の整理および発掘につとめようと思う。と、毎月思うことを今月も思うのだった。

そんなこんなで今朝は、部屋の本棚から突発的に持参した、光文社文庫の《幻の探偵雑誌シリーズ》より3冊、『「ぷろふいる」傑作選』(ISBN:4334729746)と『「探偵春秋」傑作選』(ISBN:4334731090)と『「探偵」傑作選』(ISBN:4334732666)を次々に繰る。このシリーズ、行き届いた編集ぶりが実にすばらしくて、持っているだけで嬉しくなってくるのだけれども、わたしが持っているのは今のところ以上3点のみ、これら3冊の共通点はなにかというと、酒井嘉七の作品が収録されているということなのだった。新刊書店で売っている文庫本で酒井嘉七を読むことができるとは嬉しいではないか。と、いさんで買ったものの、読むことなく1年以上過ぎていた。そんなわけで、まずは酒井嘉七の3短篇をじっくりと読むことに。

酒井嘉七は戦前昭和、神戸の貿易会社に勤めるかたわら推理小説を書いていた人物で、《幻の探偵雑誌シリーズ》で読める3作品は、『京鹿子娘道成寺』『ながうた勧進帳(稽古屋殺人事件)』『両面競牡丹』といったように、長唄常磐津を題材にしたもので、おのずと歌舞伎とも絡んでくるわけで、歌舞伎とミステリの融合という点でいわば戸板康二のさきがけともいえる作品を残している。戸板さんは酒井嘉七のことを知っていたのかしらということがとても気になる。3作品ともミステリ的にはどうってことのないといってしまえばそれまでなのだろうけど、丹念な文体がなかなかよかった。なにしろ題材が長唄常磐津なので、これらに少しでも馴染みがある身としてはそれだけで嬉しい。ずいぶんたのしく読んだ。

酒井嘉七のことを知ったのはほんの偶然で、戸板康二が戦前に少しだけ関わっていた串田孫一の同人誌「冬夏」のことを調べているとき、「冬夏」の発行所だった十字屋書店の主人の「酒井嘉七」目当てに検索したら、ひっかかるのはことごとく同姓同名のミステリ作家「酒井嘉七」だった。両者はまったくの別人だということは明らかだったのだけど、戸板康二がらみで調べて、ミステリ作家として戸板さんのさきがけともいえそうな書き手とめぐりあった偶然に興奮だった。神保町の十字屋書店の酒井嘉七は串田孫一の『日記』によると敗戦直前に亡くなっていて、神戸の探偵小説家の酒井嘉七は昭和22年没とのこと。二人は同時代の東京と関西で生きていたのだなアと思うとますますおもしろくて、日頃から興味津々の、大正や戦前昭和の東京や阪神間モダニズムとむりやり絡めて、なにかと尽きない、ような気がする。

『「ぷろふいる」傑作選』の芦辺拓氏の解説に登場する《阪神間にある一軒の古本屋》の主人のくだり、この主人こそ実は《熊谷晃一(別名・市郎氏)。探偵小説熱に浮かされ、私財を投じて「ぷろふいる」を創刊し、ほかにも多数の探偵小説書を出版された人物》だったのだ、というくだりで、「あーっ!」と以前「sumus」で読んだ扉野良人さんの文章を思い出し、興奮。今すぐに確認をと、朝っぱらから部屋の本棚に直行したくなってしまい、ひどくムズムズ。あとで確認したら第4号(2000年9月発行/特集・甲鳥書林周辺)に扉野良人さんによる「ぷろふいる社1933-37」という一文があって、熊谷晃一さんインタヴュウが第6号(2001年5月発行/特集・新書の三十年代)に掲載。いつも結局は「sumus」に戻るなアとしみじみ。やはり、しばらく、部屋の本棚の発掘に専念すべきだと、新しい月(会計上の)早々に心に刻むこととなり、さいさきがいい、ような気がする。


昼休みの本屋さんで、高橋英夫さんの新刊『時空蒼茫』をチェック。以前とてもおもしろく読んだ、『藝文遊記』と同じ形式の散文、とのことで、満を持してじっくりと読みふけりたいものだ。


ワインをグビグビ飲んで、あとは寝るだけという夜ふけに、そーっとラジオのスイッチを入れ、日本シリーズ終了を知った。