田原町から浅草を歩いて東武電車にのって隅田川を渡り、玉ノ井へ。

前夜の深酒がたたって、ずいぶん朝寝をしてしまう。計画ではお弁当を作って早々に鎌倉へ展覧会見物に出かけるつもりでいたけれども、大方の予想通り、それはちと無理な相談であった。気を取り直して家事諸々を早々に切り上げて、なんとか正午外出。銀座線に乗り換えて、田原町で下車。ドトールでコーヒーとサンドイッチを食べて(本日の朝食兼昼食)、ふうっとひと息ついたあと、日傘片手にテクテクと雷門通り沿いを隅田川の方向へ向かう。今日もずいぶん暑い。通り沿いはいつもながらにお祭りさながらの人ごみ、てんぷら屋にうなぎやにすき焼き屋、駅の直前では神谷バー、というふうに次々と目に映る食べ物やがたのしい。しかし、いつも目でたのしむだけで、実際には入ったことのないお店ばかり。近々神谷バーでビールを飲みたいなアと言い続けて幾年月なのだった。


とかなんとか、浅草に来るときは、たいていいつも田原町下車。浅草駅にたどりついて、東武伊勢崎線に乗るべく、松屋デパートの二階部分にあるホームにある改札をくぐる。浅草から東武に乗るのが大好きなので、もうそれだけで大はしゃぎ。先頭に近づくほどカーヴが大きくなる、古い木のベンチがひっそりと残っていたり、細部の意匠(のようなもの)がなんとなくたのしかったり、もっときちんと観察すれば建築的にもおもしろいところがたくさん見つかりそうだけれども、今は電車のことで頭がいっぱいで気が急いてたまらない。先頭車両まで一心不乱に早歩き。カーヴが大きくなるにつれてだんだん狭くなってくるホームにスリルとサスペンスを味わいつつ、お目当ての先頭車両に乗り込むと、すぐ目の前に隅田川をわたる鉄橋が見える。もうすぐあの橋を渡ると思うと、嬉しくてたまらない。浅草から東武線にのって隅田川の鉄橋を渡る瞬間の、この尋常ではないくらいのすばらしさ! 




成瀬巳喜男『乙女ごころ三人姉妹』(P.C.L.・昭和10年)の一場面。つい最近数年ぶりにヴィデオで再見したばかりで、ますます浅草気分が高まっていたのであった。向島隅田公園にいる梅園龍子のうしろに見えるのが浅草発東武線の鉄橋。その上にあるのが松屋デパート。今とほとんど変わらない(と思う)。川本三郎『銀幕の東京』(中公新書、1999年)に、《松屋が出来たのは、関東大震災のあとの“東京復興”のさなか、昭和六年。実はこのビルは、東武鉄道のビルで、松屋はそのテナントということになる。設計は、南海鉄道難波駅ビルなどを作り、「ターミナルビル建築の権威」といわれた久野節。鉄道の駅とデパートが一体化するターミナルビルは大阪の阪急デパートが最初だが、東武ビルはこれを参考にした。東武鉄道の発着駅を二階にしたのが特色で、ビルのなかから出た東武電車はそのままの高さで隅田川を渡る。……》とある。なんばの高島屋とかいつも大喜びの阪急の梅田駅をあらためてじっくりと観察したいものだなあと次なる京阪神行きがたのしみ、たのしみ。



東向島駅(旧玉ノ井)で下車して、東武博物館http://www.tobu.co.jp/museum/)へゆく。今年2月に深い考えもなく、浅草から東武線に乗りたいというただそれだけの理由で出かけたのが初めての東武博物館行きだったのだけれども、思いがけなく堪能してしまい、充実した博物館で感激だった。また気が向いたら出かけたいものだと思った。それがつい先日、ウエストでコーヒー飲みながら「四季の味」を繰って悦に入っていた折、矢野誠一さんの随筆をホクホクと読み始めて、

この五月二十四日は、さわやかな初夏そのものの日よりで、空気もかわいて気持ちがよかった。永井荷風『墨東綺譚』にかかわる仕事の打ちあわせをかねて、某社の編集者ともども東向島東武博物館を訪れた。お目当は「東向島界隈のうつりかわり」と題した、東向島駅改良工事完成記念写真展である。東向島駅は言わずと知れた旧玉ノ井駅で、荷風の愛した迷路で名高い遊里のあったところだ。


しばしタイムスリップした世界にたたずんだあと、浅草に出て、まさに看板に灯のともったアリゾナに席を得た。ここも荷風ゆかりの洋食屋である。いまどきがいちばん生ビールのうまい時期とあって、ふだんだったら一杯のんだあとはほかの酒に切り替えるのに、三杯のんでしまった。これからまた会社に戻らねばならない編集者とアリゾナを出て、まだ日が暮れきっていない。


矢野誠一「昭和の味散策 アイスキャンデー」より - 「四季の味」第49号(平成19年夏号)掲載】

と、こんなくだりに遭遇してしまったものだから、まあ! とソワソワと東武博物館に誘われてしまった次第。このあと浅草のアイスキャンディーと久保田万太郎の句碑が登場して、矢野誠一さんの文章は締めくくられる。矢野さんみたいに、東武博物館のあと浅草に至るというコースもいつの日か実行したいなと思う。隅田川の鉄橋を今度は逆方向から見てみよう。


東武博物館は前回同様、家族連れで大賑わい。しかし館内は広いので密集した感じは全然しなくて、ゆったりとしている。お目当ての《東向島界隈のうつりかわり》展はその名の通り、壁沿いに東向島駅の変遷を示すパネル写真を展示しているというもので、この展示だけを目当てに来るとしたらやや物足りないかもしれないけれども、東武博物館の面白さを知っていた身としては、東武博物館を再訪する絶好の機会となり、ありがたいことだった。目当ての展示も小規模ながらも、東京写真を見ることの典型的たのしみがあって、なかなかよかった。つい何度も見返してしまう。そして、毎年梅雨の季節にかならず『墨東綺譚』を再読すると書いていたのは三國一朗だったかな、近々わたしも、何度目かの『墨東綺譚』読みをしたいものだと思うのだった。



博物館入口に昭和32年玉ノ井駅の駅舎を写したDMが置いてあったので記念に持ち帰る。三角屋根がそこはかとなくモダン。「ギャンブレル屋根」と言うらしい。高架工事を機になくなってしまった駅舎。



東武博物館を出て、昼下がり、ふたたび日傘をさして、ここまで来てしまったらやっぱり行きたいなとえいっと鳩の街商店街へ向かってテクテク歩く。裏道のいかにもな旧遊郭風の建物や院長逝去のため閉鎖された蔦の絡まる病院の建物などなど、鳩の街商店街を歩くのは二度目だけれども、やはりしみじみ味わい深いのだった。日曜日で閑散としているからなおのこと。今度は土曜日に来てみようと思う。タラタラと曳舟駅まで歩いてみると、この駅もかなり味わい深いのであった。東京メトロ直通でたいそう便利なことだと、イソイソと東武線にのりこんで、持ち帰った東武の PR 誌を繰ると、久保田万太郎のことが書いてあった。