清水宏の『不壊の白珠』を見て、小津安二郎の『朗かに歩め』を思う。

早起きをして、ドタバタと家事諸々を終わらせて、早々に外出。清水宏特集開催中の渋谷シネマヴェーラへ向かったのだったけれど、11時の上映開始までだいぶ時間がある。「今日も暑うなるぞ」と映画館近くのコーヒーショップで、ふうっとひと休み。昨日やっと図書館で借りることができた、講談社の「世界文学全集」第31巻(1975年刊)を取り出して、ジョージ・エリオット/工藤好美・淀川郁子訳『ミドルマーチ』の後半部分をズンズンと読み進める。講談社文芸文庫で全4巻で出ている『ミドルマーチ』を1冊ずつ買ってはチマチマと読んでは至福、さア、いよいよ最終巻だと、第4巻を買おうとしたら、どこにも売っていない。見事にどこにも売っていない。1巻から3巻までは並んでいても第4巻だけは絶対に売っていない。おや? と思ったら、なんと最終巻だけ版元品切なのだった。ああ、なんということだろう、講談社文芸文庫からこんなつれない仕打ちを受けるなんて……。と、当初はよろけるばかりだったのだけれども、気を取り直して元版の「世界文学全集」の端本を図書館で借り出して、続きが読めることになって、よかった、よかった。文芸文庫の第4巻の方は古本屋での邂逅を気長に待つことにして、講談社の「世界文学全集」を手にしてみると、白の小ぶりの文学全集で手に取った感じがなかなかいい。『ミドルマーチ』の次はまた何か別の巻を借り出すとするかな、何がいいかなと巻末の刊行一覧を眺めるのも愉し。しかし、今日のところは『ミドルマーチ』をズンズンと読み進める。いよいよ佳境なのだった。



時間になったので、イソイソと映画館へ移動。清水宏『不壊の白珠』(昭和4年・松竹蒲田)を見る。菊池寛原作(川端康成の代筆だとWikipediaで知った。となると『浅草紅團』の頃かな)の『不壊の白珠』は、ひそかに思慕を寄せていた男(高田稔)がモダンガールの妹(及川道子)と結婚してしまった貞淑な姉(八雲恵美子)、の三人の物語。『港の日本娘』同様、ストーリーはどうってことのないといってしまえばそれまでだけれど、映画化(あるいは劇化)された当時の文士たちの通俗小説の系譜を思うとたいへん興味深く、映画そのものも、モダンガールとモダン都市が映し出されている松竹蒲田の映画という点で、スクリーンに映し出されるあれこれに見とれっぱなし、たいへん満喫だった。ヒタヒタとスクリーンに見とれて、時間があっという間。チラシの説明書きによると今回の上映は《チェコの現像所による作業で、当時の指定に即して全篇染色を施したデジタル復元版》とのこと、そんな画面が同時代の映画雑誌のグラビアを眺めているような気分でうっとりだった。


スクリーンにクレジットが映し出されたとたん、「舞台設計」が水谷浩なので、「おっ」だった。水谷浩が「舞台設計」の松竹蒲田の映画といえばなんといっても小津安二郎の『朗かに歩め』(大好き!!)だてんで、ついニヤニヤ。『朗かに歩め』では清水宏の名前が「原作」としてクレジットされているわけで、そんなつながりが嬉しくて、いつまでもニヤニヤ。そして、『朗かに歩め』といえば思い出づるは主人公の部屋のインテリア、あのインテリアを脳裏に思い浮かべて、しつこくニヤニヤ。『不壊の白珠』でも、喫茶店の内装(半地下になっていて、外の歩行人の足が影絵のように窓に写る)など、あちらこちらで目をこらしてたのしかった。あとで確認したら『不壊の白珠』は水谷浩の関わった最初の映画で、その次が翌年昭和5年の『朗かに歩め』。小津安二郎の『朗かに歩め』を思い出しながら清水宏の『不壊の白珠』のスクリーンを凝視して、『朗かに歩め』への愛がフツフツと再燃、おのずとモクモクと松竹蒲田への思いがつのって、なにかと嬉しい映画だった。それから、『不壊の白珠』は『朗かに歩め』と同じく、丸の内のタイピスト女子の日常が垣間見られるのが極私的に嬉しかった(勤務中は着物の上に上っ張りを着ていたり、上司に言い寄られてお悩み、などなど)。



わが道楽、戦前日本映画のタイアップ場面の画像コレクションより、小津安二郎『朗かに歩め』(昭和5年・松竹蒲田)の一場面。ゆすりをはたらく伊達里子(「ジャイ子」ふう)の後ろにうっすらと見えるベンチに「明治チョコレート」の文字。「会社の人たちは男でも女でもたいてい不良じみている」と高田稔に訴える川崎弘子。その川崎弘子の同僚の伊達里子はタイピスト稼業のかたわら、ズベ公稼業に余念がない。『不壊の白珠』ではお嬢さんの伊達里子が、会社員は不良が多いというようなことを言って、おじ(専務)の秘書の八雲恵美子を鼻で笑っていたのだったけど、あの伊達里子がタイピストになったらまさにこんな不良になるのだろうなと思って、クスクス。



同じく、『朗かに歩め』より。不良モガ、伊達里子の机のタイプライター。執務中にお菓子を食べながら、雑誌をめくる伊達里子。明治製菓のお菓子なのかどうか画面では判別できず、無念! と、それはさておき、小津安二郎の映画は小道具がどこまでもスタイリッシュだなあと、あちこちで一時停止を繰り返す。



映画を見て、よい気分の昼下がり。渋谷から山手線にのって、高田馬場で下車。古本屋を見ながら歩きたいところだったけど、暑さにひるんで、スイスーイとバスで早稲田大学へ。演劇博物館へ出かける。今日も時間いっぱい、図書室でカリカリと調べもの。そのかたわら、今日も2階の《古川ロッパとレヴュー時代》展を見にゆく。と、こんな感じに今日まで5、6回見物してしまったけれども、あと何回でも見たい。たいへんすばらしい展覧会だった。今日で見納めだなあと、今日はとりわけ展覧会場に長居した。しばらく演劇博物館は夏休みとなり、寂しいことである。秋が待ち遠しい! と、日傘片手にへなへなと家路につくのだった。