辻占

昨日の雲助師匠の『辰巳の辻占』のことを思いながら、「辻占」という風物がいいなアと朝っぱらからぼんやりしていた。「辻占」と聞いて思い出すもので何かよいのがあるようなと、昨日からずっと心のなかで引っかかっていた。わたしは何を思い出したいのだろう。と、今朝になってやっと思い出した。岡本綺堂の『ランプの下にて』だ! 少年時代の新富座見物のことを回想した箇所。

その当時は劇場内に広い運動場というのがなかったのと、もう一つには幕間が随分長いのとで、大勢の観客は前にいったような太い鼻緒の福草履を突っかけて、劇場外の往来、即ち今の電車道をぶらぶら散歩していた。その福草履が芝居の客であるという証拠になるので、若い男や女たちはそれを誇るように、わざと大勢つながって往来を徘徊しているらしかった。わたしは茶屋と茶屋とのあいだにある煎餅屋の前を通ると、ちょうど今日の運動場で売っているような辻占入りの八橋を籠に入れて、俳優の紋所を柿色や赤や青で染め出した紙につつんで、綺麗そうに沢山ならべてあるのを見つけた。わたしはそれを指さして父にねだると、父は紙入れを母にあずけて来たので、懐中には金を持っていなかった。父はそのわけをわたしに話して、この次の幕間に買ってやると言いながら行き過ぎようとすると、店にいた若いおかみさんがわたしたちを呼びとめて、「お代はあとで宜しゅうございますから、どれでも宜しいのをお持ちください。」と笑いながら言ったので、父も笑いながら引返して、その辻占の籠をわたしに一つ、ほかの者に遣る分を四つ、都合五つを受け取って帰った。勿論、このおかみさんも如才ないには相違なかったが、顔馴染のないわたしに対して、無料でそれだけの商売物を愛想よく渡してくれたのは、かの福草履の威徳にほかならない。おかみさんはわたしたちの草履を信用して、これだけの商いをしたのであった。わたしはその辻占の籠をさげて、幟の多い春の町をあるいていると、お花見などとは違った一種の浮かれた気分を子供ながらにぼんやりを感じた。(岡本綺堂『明治劇談 ランプの下にて』より)

嬉しかったので思わず長々と抜き書き。明治12年新富座の三月興行、このとき少年は黙阿弥の『人間万事金世中』の初演を見ている。今年4月に歌舞伎座でこのお芝居の上演があったときに、岩波の新日本古典文学大系の明治編の黙阿弥集でこの脚本を読んだ。図書館で借りて読んで1冊まるごととても堪能した。舞台ではカットされているけれども、原作には辻占入りのこんぶを売り歩く健気な少年が登場しているのだった。毎年クリスマスになると、アマゾンで好きなだけ(といっても限度があるけど)本を買っていいという家族からのプレゼントがある。そのうちの1册は、この岩波の新日本古典文学大系の黙阿弥集に決めた。なんてことを思いながら、浮かれている師走第1日目。