神保町寄り道日記

明日はお休みだ、やれ嬉しやと今日は神保町へ寄り道。前々から『小沢昭一百景』を買って、喫茶店で読みふけろうと心に決めていた。と、心持ちよくうかうかと、岩波ブックセンター書肆アクセス東京堂といういつものコースをたどった。今日はあまり所持金がないので、買い物はなるべくがまん、その分心を落ち着けてあれこれと品定めをした。書肆アクセスの奥の方でじっくりと眺めて、東京堂も各階じっくりと眺めた。東京堂で予定通り小沢昭一を買ったあとは、書泉で創元推理文庫を数冊買った。先週の続きのと巻末の刊行目録を見て読みたくなった本と。ミステリ気分はまだまだ続きそう。本屋さんのあとは喫茶店でコーヒー。予定通りに小沢昭一を読みふけって、そのあと、読みさしの新潮日本古典集成『三人吉三廓初買』をじっくりと熟読。結局、前半の第一番目までしか読み終わらず。明日の芝居見物には間に合わなかった。今までの経験だと、事前に脚本を熟読するとその注釈あれこれに興奮しすぎて満足してしまってそれで完結、目的の芝居見物そのものは散漫に、というパターンが多かったから、途中まででちょうどよかったかもしれない。と、都合のよい解釈で自己満足にひたってみた。

購入本

この巻も特に楽しみにしていた巻のひとつ。一番楽しみだったのが、江國滋との対談「志ん生讃」。さっそくホクホクと読んだ。それぞれが挙げている志ん生の十選になにかと刺激を受ける。可楽の『子別れ』に関する文章があって、家に帰ってさっそくディスクを再生した。小沢昭一は上の「強飯の女郎買い」を「落語的世界の典型」というふうに書いていて、わたしはまだあまり味わいきれていなくて、ちょっと取っつきにくさを感じている部分、「強飯の女郎買い」を堪能できる境地にたどりつきたいものだなあと、将来の落語聴きの夢が広がるのだった。などなど、ここだけではなくて、落語を聴くようになってますます落語に惹かれていって、ずっと接していたいと強く思うようになったのは、小沢昭一さんや江國滋みたいな人がいたからこそだったので、そもそもの原点に立ち返ったような嬉しい本だった。これから、何度も読み返すのだと思う。

  • 松本道子『風の道』(ノラブックス、1985年)
  • 松本道子『きのうの空』(牧羊社、1989年)

予定通りに『三人吉三』を読み終わらなかったのは、昨日この2冊が届いて、さっそく2冊とも一気読みしたからなのだった。松本道子さんは戦後40年一貫して講談社で文芸のジャンルで仕事をしていた名編集者。三島由紀夫をして「文学のもっともよき読み手」と言わしめた人物。大村彦次郎著『文壇栄華物語』で心躍るくだりのひとつ、光文社で華々しく松本清張の『点と線』が売り出されて大ベストセラー! の仕掛人の松本恭子さんは松本道子さんの妹さん。というわけで、昭和文壇史に惨然と輝く姉妹で、とにもかくにも眩しいかぎり。

松本道子さんのことをはっきりと認識したのは、『時代を創った編集者101』(ISBN:4403250726)所収の大村彦次郎氏による解説で、これによると、松本道子さんには著書が2冊あって、『きのうの空』には戸板康二が推薦文を寄せているという。……ということを、『時代を創った編集者101』を買ったときに知って「おっ」と思いつつもそれっきりになっていた。ここ最近、網野菊さんを初めて読んで、それから広津桃子さんに感激するという流れがあって、広津桃子さんの『石蕗の花』のあとがきで、この本の担当編集者が松本道子さんだということを知って、急に松本道子さんのことが気になっていてもたってもいられず、さっそく取り寄せた次第だった。網野菊さんを読もうと急に思ったのは、戸板康二の『句会で会った人』を再読したのがきっかけだったので、『きのうの空』の推薦文にたどりついたことで、めぐりめぐって戸板さんの方に戻ってきたともいえる。

1冊目の『風の道』は談話調の編集者としての回想という体裁で、登場人物はまさしくそのまま昭和文壇史。六代目菊五郎に胸を躍らせた少女時代のこととか東京育ちとしての回想とか、さっそく心ときめく箇所目白押しだった。広津和郎『年月のあしおと』や芝木好子『湯葉』、上記の網野菊、広津桃子などなど、講談社文芸文庫で刊行されている愛読書の担当が松本道子さんだったわけで、名著の背後に名編集者ありの典型で、とにかく胸が躍った。未読の講談社文芸文庫のことにもいろいろ思いが及んで、読みたい本がどんどん増えてゆく。一方、戸板さん曰く「ゆっくり熟読したい本」、『きのうの空』は編集者のメモワールにとどまらない、達意の文章の数々で名随筆のお手本のようだった。一気読みしてしまったけれども、またゆっくり読み直さないといけない。