娘の冒険

手帳にメモしていても行き損ねることの方がずっと多い、ラピュタ阿佐ヶ谷のモーニングショウにひさしぶりに行くことができた。早起きして家事を済ませて意気揚々と外出、日射しはだいぶ強いけれども、空気はもう秋だなあと上機嫌で駅まで歩いて、本日の車中の読書は正宗白鳥『入江のほとり』(岩波文庫)。映画もほんわかと面白くて、こういう味わいが好きなために昔の日本映画見物がやめられないのだなあと思う。日中は時間があいていて、ひさしぶりにのんびりの土曜日。このゆるやかな時間は早起きのおかげだなあとますます上機嫌だった。お昼過ぎの阿佐ヶ谷駅のホームで、東西線が来たら高円寺の古本屋に行ってみよう、総武線が来たら当初の予定通りまっすぐに国会図書館へ行こうと気まぐれに思ったところで、ホームになだれこんだのは総武線。阿佐ヶ谷や荻窪は月に一度は出かけているけれども、高円寺には5年以上足を踏み入れていないのだった。今度、西部古書会館へ行ってみよう。乗り換えの市ヶ谷のコーヒーショップで正宗白鳥を読了、有楽町線で永田町へ。国会図書館へ向かうべく有楽町線の出口から地上を出たところで、右方向に国会議事堂の側面が見えて、川島雄三の『赤坂の姉妹』を見てからというもの、この出口に出る度にあの映画の導入部を思い出す。伊藤雄之助がナイスだったなあ。国会図書館では、目当ての本よりもついでに閲覧した本の方を面白がってしまうということが多くて、今日は、久保田万太郎の俳句仲間の大場白水郎の『縷紅亭雑記』という本にうっとりだった。大場白水郎のお父さんが芝新網町にいたころ、近所に谷斎が住んでいたという。というような挿話がたまらなかった。

映画メモ

若尾文子京マチ子の特集のたびに、わりかし無名の大映映画を見る機会があって、そのたびに嬉しい。この時期の大映の女性映画が好きで、3日たったら忘れてしまいそうだけれども、見ているときのほんわかとしたおかしさがなんだか好きだ。なんといっても俳優を眺めるのがたのしいし、そこに描かれるレトロ感あふれる昭和描写もいい。というわけで、今回の『娘の冒険』も初めて知った映画だったけれども、チラシの紹介文と配役を見ただけで猛烈に見たいという気にさせられて、とてもたのしみだった。そして、期待通りのいつもの大映女性映画の味わいを心ゆくまで満喫。後味すっきりの、とてもいい雰囲気の娯楽作品に仕上がっていた。

タイトルバックが始まってさっそく、野添ひとみ京マチ子若尾文子山本富士子という並びを見ただけで嬉しくて、川口浩船越英二上原謙……とどんどん続いて、浪花千栄子中村鴈治郎、と来たときにはもうたまらない感じ。この時代の日本映画を彩る人物のなんと見事なことだろう。ヒロインは野添ひとみで、心に一点の曇りもない一直線に突き進むお嬢さんという役柄がとてもよくハマっていて、バカとまではいかないけれども屈託のなさすぎるところがとてもかわいくて、野添ひとみにはこんな役柄がよく似合う。川口浩とのコンビネーションもさすがにバッチリで、彼らの共演映画はあまたあるけれども、増村保造の『くちづけ』に匹敵するくらい、『娘の冒険』はキラキラ輝いていた。若尾文子山本富士子はほんの脇役というのも、いかにもぜいたくだった。

野添ひとみは大学生で演劇部所属、ボーイフレンドが同じ演劇部の川口浩。お父さんの上原謙は貿易会社の社長で妻を亡くして幾年月、お父さんは婿養子で、家には威厳あふれる元外交官夫人の祖母がいてテキパキと家事を采配している。ひょんなことで、お父さんに好きな人がいるらしいと知った野添ひとみは、タクシー会社の息子・川口浩が運転する車で上原謙の跡を追い(そのカーチェイスの「銀幕の東京」にうっとり)、たどりついたのは柳橋上原謙の意中の人は元芸者の小唄のお師匠さん、京マチ子なのだった。お互いに憎からず思っていることは本人も周囲もわかっているけれども、ふたりはどうも口に出せないでモジモジしている……、といった感じで映画は始まる。他愛ないといってはそれまでのかわいさがとてもよかった。

上原謙京マチ子をくっつけよう! と、いろいろ作戦をたてる野添ひとみがかわいくて、さながら探偵ゲームのようにして、協力する川口浩とのコンビネーションがすばらしかった。まずふたりがしたことは、いきなり京マチ子の小唄の弟子になって様子を伺うこと。京マチ子の父・鴈治郎にさぐりを入れて、父のライバルは船越英二だと知る。小唄を教えてもらうべく、野添ひとみ川口浩が素っ頓狂な唄を聞かせるところは大笑いだった。東海林さだおの「小唄入門」という文章を思い出して大笑い。鴈治郎は元噺家! というのもたまらない感じ。近所の鰻屋のおかみさん、浪花千栄子とのいかにもな雰囲気も実によかった。小津の『小早川家の秋』とか『浮草』の雰囲気そのまんま。京マチ子に接近する、ちょいと間が抜けた株屋の若旦那・船越英二もぴったり。

ラストはのぞみ通りの方向へと収斂していき、その流れがとても心地よかった。上原謙の秘書室のドアから社長室へのシーンが、『パリの恋人』っぽかったりもして、昭和30年代独特のモダンさもよかった。