ディスクの虫干しと神保町日記

ディスクの虫干し。

ベルクの《室内協奏曲》、ストラヴィンスキーの《ダンバートンオークス協奏曲》、《15人の奏者のための8つのミニアチュア》、《エボニー・コンチェルト》を収録。独奏がバレンボイム、ズーカーマン。

このディスクは新発売のときに廉価コーナーに並んでいるのを見て、気まぐれに買ったもの。たしか1995年にブーレーズが来日したときだったかと思う。バレンボイムクレーメルが出演の日にサントリーホールへ出かけたのだったが、どんなふうだったかはほとんど覚えていない。もったいないことをした。けれども、たまに新ウィーン楽派を強化したくなることがあって、それは今後とも変わらないのは確実。が、このディスクはほとんど再生することなく今日まで来ていた。パッと手を伸ばしてこのディスクだったのは天の声なのかも。と、朝にさっそく再生してみると、1曲目のベルクがなかなかいい感じ。これは今まで聴かなかったのはもったいなかったと思った。ストラヴィンスキーの途中で出かける時間になってしまったので、帰宅後は買ったばかりの本をめくりつつストラヴィンスキー。妙に明るくてカラッとしている。このときストラヴィンスキーは何を考えていたのだろうとなぜか胸が痛むところもある。と、聴いているうちに急に《プルチネルラ》を聴きたくなってきたけどがまんして幾度かこのディスクを再生。たまに新ウィーン楽派とかストラヴィンスキーとかを聴きたくなるのは、音楽とともにその時代の諸々に思いを馳せることによる歓び、知的快楽とでも言うのだろうか、音楽に付随してくるものを追う快楽というのがあるなあ、ということを思い出して、この感覚、ひさしぶりと思った。

購入本

一週間以上神保町に行かないとなんだかムズムズしてくる。ので、帰りはイソイソと神保町へ。探している本があって、閉店しないうちにと早足でまずは八木書店へと向かった。と、ふらっと表通りを歩いただけで急にハイになって、乾いた喉が潤った心持ち。いろいろと後ろ髪を引かれるのだけれども、振り切って直進して八木書店に到着、まずは店頭の棚を物色して、高橋英夫さんの小沢書店本を引っこ抜いた。酒井忠康さんの本もあったけれども「もう一声!」だった。目当ての本はなかったものの、閉店までのわずかな時間に店内の棚をざーっと眺めて、さらによい心持ちになった。作者別に並んでいるところもよいけれども、壁際の作家別ではないコーナーが大好物なのだった。獅子文六の本がちょっとまとまっていたりと、なかなか絶妙な味わいを醸し出しているのだった。

  • 高橋英夫『悦楽と探求』(小沢書店、昭和59年)

と、一通り眺め終わって、結局は店頭で引き取った高橋英夫さん1冊のみのお買い物。1980年から83年までの文芸時評を収録している。高橋英夫さんも酒井忠康さんとおんなじように、小沢書店から何冊も本を出している。小沢書店から何冊も本を出しているというだけで、たまらない感じ。これからの小沢書店本蒐集がたのしみだ。『小林秀雄 歩行と思索』と『昭和批評私史』の広告が巻末にあった。2冊ともいつかぜひとも読みたい。さてさて、『悦楽と探求』は今まで見たどこよりも安かった。こういう文芸時評を収録している本は、ペラペラと気まぐれにめくっただけで「おっ」という箇所があったりするので、たのしい。帰宅後さっそくページを繰って、庄野潤三の『陽気なクラウン・オフィス・ロウ』に「おっ」だった。チャールズ・ラムのあとを訪ねたロンドン訪問記とのことで、庄野潤三のこういう類いの本は未読であることだし、急に将来の本読みの楽しみが広がってきた。

《……二人(ラムと庄野)の間に名著『チャールズ・ラム伝』を書いた福原麟太郎をおいてみると、そのつながりに無理がなくなってこよう。福原麟太郎だけでなく、戸川秋骨平田禿木、日本人になじみ深い英国の詩人ブランデンといった先人のあとを踏みながら、作者はラムの中に温雅な人生の充実、人と人の絆を見出し、ラムの旧居やゆかりの土地を歴訪するのである。》

未知谷の『小沼丹全集』の第4巻に、『陽気なクラウン・オフィス・ロウ』の書評が収録されている。とにかくも、このあたりの人物誌は本当にたまらないなあと思う。


と、心持ちよくウカウカと八木書店をあとにし、先ほど通り過ぎたいくつかの店頭本をふらっと眺めて、このところ凝っている上限200円での新書ショッピングのことを思い出して、新書を重点的に眺めた。結果、3冊購入。

尾崎秀樹の有隣新書は今日初めて存在を知った本で、有隣堂が出しているという土地柄を踏まえたテーマがとてもいい感じ。《大衆文学の草わけ的存在であっただけでなく、その枠をこえて国民文学的な広がりをもっていた》として、大佛次郎獅子文六長谷川伸吉川英治の4人の横浜出身の作家を取り上げている。中島健蔵山口昌男はいずれも、坪内祐三著『新書百冊』を読んでぜひとも欲しい! と心に刻んでいた本。中島健蔵の『昭和時代』は『新書百冊』で《戦前にきわめて質の高い国策宣伝誌『フロント』を発行し林達夫らが理事をつとめていた東方社》に関する記述があると知り、ゼひとも読まねばと思ったのだった。中島健蔵は今年2月に東京都写真美術館での展覧会を見るまで特に気にとめていなかったのだけれども、写真展以来立て続けに中島健蔵周辺がたいへん気になるという事態に直面している。戸板康二の『わが交遊記』にもしっかりと名前が載っている。

  • 保昌正夫『牧野英二』EDI ARCHIV 1(EDI、1997年)
  • 雑誌「サンパン」第3期第8号(EDI、2004年8月)
  • 飯野農夫也『美術家の文と人』こつう豆本96(日本古書通信社、平成3年)

書肆アクセスでの買い物。編集工房ノアからわりと最近に出た竹中郁の本を見に行ったのだけれども、ふと保昌正夫さんの『牧野英二』を見つけて、こちらを買うことになった。牧野信一の弟、牧野英二のことは、モダン日本社にいて、戦後「苦楽」の編集長となった須貝正義の本で知って、以来ちょっと気になっていたのだった、EDI の本はどれもこれも美しくて前々から憧れていた。やっと買う機会がめぐってきて嬉しい。と、そんなわけで、勢いに乗って「サンパン」も最新号も一緒に購入。荻原魚雷さんによる、月の輪書林の目録の書評をちょっと立ち読みしただけで猛烈に欲しくなったのだった。1冊全体を大切に読んでいくとしよう。と、さらに勢いにのって、未読の「こつう豆本」を1冊買うことに決めて、今回は『美術家の文と人』に決定。持っているかもと一瞬迷ってしまったけど、ちょっと読んで未読などわかった。そろそろ手持ちの「こつう豆本」の整理をしないといけない。


書肆アクセスで買い物を済ませて満足満足。最後は東京堂で本を見て、今日の神保町はおしまい。たのしみにしていたちくま文庫の新刊の井伏鱒二が出ていたけど、後日、昼休みの本屋さんで買うことにする。10月の新刊文庫一覧表で、新風舎文庫に『名優・滝沢修と激動昭和』とあった。これはたいへんたのしみ。と、明日になったら忘れそうなので、メモ。来月は岩波文庫の『浄瑠璃素人講釈』がひたすらたのしみ。岩波といえば、新刊案内を帰りの電車のなかで眺めていたら、岩波現代文庫山口昌男『知の遠近法』の解説が川本三郎さんだというので喜び2倍であった。たのしみにしていた『落語ことば辞典』も来月に出るとのこと。などなど、たのしみな本が目白押しなのだった。