木村伊兵衛展

foujita2004-10-16


退屈男と本と街(http://taikutujin.exblog.jp/)に、戸板康二の『見た芝居・読んだ本』のことが書いてあった。ただでさえ嬉しいうえに、戸板ファンうなずくことしきりの素敵な文章なのでさらに大感激。

http://taikutujin.exblog.jp/1180202/

嬉しいあまりに、夕刻の外出の折には『見た芝居・読んだ本』を持参。夕日がさしこむ電車の中でホクホクと読んだ。


展覧会メモ

日中の時間があいたのでこれ幸いと曇天の下、自転車にのって竹橋へ。お昼過ぎまでのんびりと美術館の館内をめぐった。休日に閑散とした美術館の内部をめぐるのはひさしぶりで、こういう休日はいいなあとモクモクとたのしかった。

東京国立近代美術館琳派展の喧騒がようやく終わって、待ってました! の木村伊兵衛展。冬に河野鷹思名取洋之助の展覧会を見物して、春には土門拳木村伊兵衛の写真展を堪能し、季節がめぐって、今秋は木村伊兵衛の回顧展を見物する運びとなった。いくつかの展覧会で見て関連本を読んで自分なりに頭のなかでつながったことの総まとめができて、今後さらに深めていくきっかけになった。来年年明けには河野鷹思展があるとのことでまた日本の近代の諸相のようなものを見られると思うとたのしみだし、そんな理屈を抜きしても、河野鷹思とおなじように、木村伊兵衛は視覚的に見るだけで幸せで眼福がいっぱいの展覧会だった。

日頃の興味関心にとてもストライクゾーンな今回の木村伊兵衛展、図録は迷わず買った。表紙の写真からしてとても素敵で、これからしばらく部屋の本棚に立てかけて悦に入るのだ。1951年にアンリ・カルティエ=ブレッソンの写真を見て大きな影響を受けたというくだりが展覧会にあったけれども、表紙に使われいるのはまさにその頃の作品。そのセピア色にいつまでも見とれる。

と、木村伊兵衛の写真をただ見るだけでも十分眼福なのだけれど(春の土門拳との展示には大興奮だった)、今回の展覧会は作品を眺めるという歓びとともに、その仕事を時代と絡めて概説して展示するという回顧展という体裁なので、木村伊兵衛を通した日本の近代史という趣き。写真を中心に据えつつ、広告やデザイン、出版、映画といった隣接する分野にも言及されていて、なにかと刺激的だった。木村伊兵衛展はひとつの会場にまとめてというのではなくて、いくつかのブロックごとに美術館のあちこちのスペースで展開されている体裁で、ほぼ時系列に展示している美術館の所蔵作品と絡めて、木村伊兵衛の時代を見ることができるようにという意図があるようだ。この形式に賛否両論あるかもしれないけれども、美術館の意図に身を委ねるように無心に見物する、という時間がとってもよかった。

たとえば、常設展示の村山知義古賀春江を見たあとで見物することになる《木村伊兵衛展》第1弾は1930年代、花王石鹸で広告の仕事をしていたころの木村伊兵衛。「花王」というと、かつて東京都現代美術館でたいへん堪能した《水辺のモダン》展のことを思い出して、さっそくウキウキだった。木村伊兵衛の関わった花王の広告が紙面にでている新聞本誌では連載小説の挿絵を描いているのは古賀春江だ。対外宣伝グラフ誌「FRONT」の展示を見て、ワオ! と山口昌男の本のことを思い出して興奮したあとで、美術館の常設の藤田嗣治戦争画を見て洲之内徹の文章を思い出したり、画家のポートレートのあとではその画家本人の作品を見ることになったりする。敗戦後の名取洋之助の「サンニュース」の展示があったのも嬉しかった。4階から下ってきた常設展会場、最後の2階では広いスペースで木村伊兵衛の総ざらい。4階と3階では日本の近代がモクモクとたのしくて、2階では写真そのものが眼福だった。アンリ・カルティエ=ブレッソンやドアノー、ブラッサイといった名前が登場したりもして、最後の最後には、写真そのものへの関心がさらに涌いてきて嬉しい、という近代美術館のよろこびにひたったのだった。これからいろいろ見て読んで、今日見た展覧会での断片を自分なりに深めていきたいという意欲がみなぎってきて生きる歓びが涌いてくるという、嬉しい展覧会に遭遇するたびにいつも思うことを典型的に思った。と、思うだけでなくて、いろいろ追求するとしよう。

木村伊兵衛のことばかり書いてしまったけれども、所蔵作品展もいつもの通りにたいへん満喫。好きな絵がたくさんあって、いつもの通りに好きな絵をふんだんに見られるというぜいたくがたまらない。展示会場に入場直後にいつも見ることになるルソーの絵はいつもいいなあと思って、ルソーを見るといつもちょっと岡鹿之助のことを思い出したりもする。今回なんといっても嬉しかったのは、岸田劉生の《切通しの写生》にひさびさに対面できたこと。関根正二松本竣介長谷川利行と対面するたびにハッとなる絵、小出楢重のデロッとした画面とか藤田嗣治のパリの写生とか、好きな絵を挙げようとするととたんに収拾がつかなくなってしまう。


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