岡鬼太郎花柳文芸名作選

foujita2004-11-06


一晩考えた結果、やっぱり酔狂な本を買うことに決めた。決めてしまったからにはもういてもたってもいられない。さっそく今日、出先からはるばる荻窪へ足を伸ばした。1日置いただけでまたもやささま書店へ来ることになるとはと競歩して、今日もまずは軒先の100円コーナーを眺めた。すると、岡鬼太郎の『歌舞伎眼鏡』があるのでびっくり。一昨日にはなかった本だ。今日ささま書店に買いにきた酔狂な本は『岡鬼太郎花柳文芸名作選』。なので、そのめぐりあわせにジーンとなった。今のわたしにとって『岡鬼太郎花柳文芸名作選』を買うという選択は間違っていなかったのだとこじつけつつ、めでたく『岡鬼太郎花柳文芸名作選』も無事に購入。

岡鬼太郎花柳文芸名作選』というのは帙のなかに、岡鬼太郎の著書が初版のまま復刻されたものが12冊入っているという代物で、花柳小説だけでなく『義太夫秘訣』『鬼言冗語』といった、かねてから欲しい本も含まれている、ということを昨日、図書館で知った。『岡鬼太郎花柳文芸名作選』は1年くらい前からささま書店に売っていて、そのゾッキ本状態の価格設定を見るたびにずいぶん安いなあと関心していたのだけれど、今まで文字どおり「花柳小説」だけかと思ってそんなには気にとめていなかった。が、一昨日のささま書店行きの折に見かけた際、ふと花柳小説以外の、たとえば落語読み物みたいのもあるのかもとひらめいて、昨日詳細を確認した次第だった。急にひらめいたのは戸板さんの文章で目に止まった鬼太郎の「へんちき論」のことが心に残っていたからにほかならない。『義太夫秘訣』や『鬼言冗語』を読むことができて、値段は先日買った武智鉄二の『蜀犬抄』よりも安いのだからたまらない。

岡鬼太郎のことは、わたくし長年の愛読サイト、綺堂事物(http://members.at.infoseek.co.jp/kaiki/)の「綺堂の友人たち(http://members.at.infoseek.co.jp/kaiki/contents/friends.html)」に詳しい。このあたりの人物誌は日頃の関心事項で、いつもクラクラ。戸板康二前史としてもこれからいろいろ深めていきたいものだ。

岩波文庫の『荷風随筆集』所収の「正宗谷崎両氏の批評の答う」に《岡鬼太郎君は近松の真価は世話物ではなくして時代物であると言われたが、わたくしは岡君の言う所に心服している。》という一節があったことを知った。もうすぐ発売になるという渡辺保さんの近松本はまさしく時代物に焦点を当てたものとのことなので、なにかとグッドタイミング。1カ月前、新日本古典文学大系の『近松浄瑠璃集』を買うつもりでいたのが、岡鬼太郎で延びてしまった。

購入本

岡鬼太郎の劇評集は『歌舞伎と文楽』『歌舞伎眼鏡』があり、戸板康二が青年時代に耽読した大部分がこの二冊に収められているとのこと。『歌舞伎と文楽』も以前100円で買ったのだった。『歌舞伎眼鏡』の装幀は息子の岡鹿之助によるもの。岡鹿之助のことは実は鬼太郎の息子と知ったあとでひときわ注目するようになったのだけれども、そのあとで岡鹿之助の本を愛読することになり、文章に親しんだのは息子の方が先ということになった。絵と同様、文章を通して接する岡鹿之助がとても好きで、戸板さんの文章で岡鬼太郎の人となりを伺うと、この父にして、とかねがね思っていた。

復刻本全12冊と、解説が1冊入っている。解説には三田純市などの文章があり、ささま書店のあと喫茶店に出かけて、さっそく読みふけって、とても面白かった。竹下英一の『岡鬼太郎伝』をぜひ近いうちに読みたいものだと思う。帰宅後、さっそく『鬼言冗語』をめくってみたら、さっそくとても面白い。これから座右の書になるのは必至。花柳小説はあまり読みこなせそうにないのだけれど、三田純市が感傷と無縁であるところが江戸の洒落本に通じつつも、江戸の洒落本にあるような「通」の俗悪は一切排しているとその特徴を説明しているのを見て、鬼太郎そのものへの関心がさらに高まった。また、劇評については、久保田万太郎が《その劇評のつねに時代を衝いた生命感。その鋭さ、素早さ、カンのよさ……一と言「情熱的」といえば足りたその気魄がわたくしに「文学」を感じさせたのである。》と書いている。

全12冊のタイトルを書き留めてみると、

が、芝居関係。『義太夫秘訣』が初めての著書で装幀は鏑木清方、題字は尾崎紅葉。巻頭に杉贋阿弥と松居松葉の序文があり「三あばれ」が集結しているのが嬉しい。『浄瑠璃素人解釈』が手中にある今、鬼太郎の『義太夫秘訣』も手元においておくことができて嬉しい。『鬼言冗語』は前々からとても読みたいと思っていて、古書価格も高め。モダン都市東京の言語風俗に関する文章と歌舞伎の型に関する文章を収録。この型の文章をさっそく読んでさっそくとても面白かった。『歌舞伎と文楽』は劇評集。以前100円で買ったものが手元にあって、これが今まで唯一所有していた鬼太郎本だった。

    • 『腹の皮』(明治39年
    • 『紅筆草紙』(大正2年)
    • 『あつま唄』(大正7年)

『腹の皮』が落語滑稽小説。あとの2冊は花柳小説と演芸随筆。戸板さんが紹介していた『江戸紫』(明治45年)がなかったのは残念だったけど、以上の3冊でその雰囲気は味わえそう。

花柳小説。『三筋の綾』のみ花柳随筆。


付属の「解説・論文集」は、三田純市『わが青春の鬼太郎』、岡保生『毒舌家・岡鬼太郎』、村松定孝『岡鬼太郎と狭斜小説』、武蔵野次郎『演劇界の卓見・岡鬼太郎』、福田宏子『院本の読みの深さと近代性』という構成、絶好の岡鬼太郎への招待となった文章集だった。他に、岡鬼太郎伝、語注、著書目録、脚本初演年表を収録。最後に、岡鬼太郎の「円朝雑感」という、大正15年から昭和3年まで春陽堂より刊行の『円朝全集』のために書かれた文章。歌舞伎のみならず、落語への気持ちも駆り立てられるのだった。それにしても、このような刊行が企画され実現してしまっているのにはびっくり。68000円という価格がついているけれど、定価で買った人はいるのだろうか。

「解説・論文集」を一通り読んで、鬼太郎と親しく理解者だった永井荷風のことが心に残った。わたしが歌舞伎を見るようになったのは戸板康二の文章に惹かれたのがきっかけだったけれど、当時、荷風に夢中になっていて、そんな江戸趣味気分に憧れたというのもあったかも。当時のことを思い出して懐かしかった。岡鬼太郎が死んだのは昭和18年10月末。『断腸亭日乗』の記録がとてもよかったので、記念に抜き書き。今とほぼ同じ季節なのだなあとジーンだった。

十一月初一。晴れて再び小春の好き日となれり。午後三時頃岡氏を吊問せむとて田園調布の邸に至る。停車場の西口を出て並木の銀杏半黄葉せる道路を行くこと二三丁、円く刈込みし檜葉を植ゑつらねし角屋敷なり。家屋の外壁出入口構都て洋風なれば、知らぬ人は歌舞伎作者の住宅とは思はぬなるべし。門内に嗣君鹿之助氏の画室ありて芝庭に秋草の花猶さき残りたり。細径を行くこと十歩あまり、洋風開戸の玄関あり。受付の人既に控へゐたり。刺を通じて日本風の客間に入るに霊柩の上に写真像をかゝげ、俳優および劇場各団体より贈られし菊花処せまきまで供へられたり。吊問の客猶込み合はず、偶然左団次の未亡人に逢ふ。嗣子君鹿之助氏厳君の病状を語ること頗精細なり。令弟二人亦でゝ吊問者に応接す。鬼太郎氏晩年の家庭は極めて円満多幸なるを知るに足る。日没するころ左団次未亡人と共に出でゝ電車を同じくし渋谷の駅にてわかれたり。未亡人この日久振りにて図らず余を見、旧交を追想して感慨極りなきが如き様子なり。語りて言ふ。この程漸く池の端に隠宅を見つけたれば近日駿河台の旧宅を引払ふべし。隠宅は待合茶屋の立退きし跡にて薬舗宝丹の店にて周旋せしなり。又故人左団次が蔵書画中その殊に愛玩せしものは今猶家に保存しあれば是非とも見に来られよ。来五日故鬼太郎君新作の戯曲を見るため前進座に行く筈なればかしこにて余を待つべしなど縷々として尽きざりし。
永井荷風断腸亭日乗』昭和十八年十一月一日)