年の瀬日記

明日からお休みなのでわーいわーいと早起きしてイソイソと外出。いつも朝のコーヒーは岩波の日本古典文学大系、ということで、今日は旧大系の『浄瑠璃集』を持参。昨日から読んでいる『ひらかな盛衰記』の今朝は三段目を読んだ。先日、戸板康二の本を読み返していたら、「逆櫓」の権四郎に関して三宅周太郎がいい文章を書いている、四代目松助の権四郎がとてもよかったらしい、黙阿弥の『魚屋宗五郎』とよく似ているくだりがあると思ったらその初演の明治16年市村座になんと四代目芝翫の松右衛門、九代目團十郎の権四郎が「逆櫓」が一緒に上演されていてびっくり、云々といったくだりがあって、しみじみ面白いなあと思って、急遽本文を読むことにしたのだった。

『ひらかな盛衰記』は何年か前に文楽で見てたいへん堪能だった。お筆がかっこよかった、玉男さんの樋口にシビれた。ロビーでお弁当を食べていたら壁にお筆のかっこいいところを描いた絵が飾ってあるのを見つけて、思わずはしゃいで初対面の老婦人と会話することになり、歌右衛門のお筆に関するお話を伺った。歌舞伎の方はそれよりもだいぶ前、人に連れられて初めて歌舞伎座に足を踏み入れた頃に幸四郎のを見たっきり。菊之助襲名披露の翌月だったというのを覚えている。比較的最近の吉右衛門のは見逃してしまって無念だったので、ぜひともいつの日か吉右衛門の樋口を見たいものだ。などなど、あいかわらず書物を通しての歌舞伎になにかと興奮中。

……と、ここまで書いて検索してみたら、犬丸治さんのサイト[http://homepage3.nifty.com/inumaru/]にわたしが唯一「逆櫓」を見た幸四郎所演の劇評が掲載されていて、しかも同月の国立の『魚屋宗五郎』と合わせて読むことができて大感激! → http://homepage3.nifty.com/inumaru/newpage58.htm


思いがけず早く出られることになってわーいわーいとイソイソと銀座方面へ、マロニエ通りをテクテク歩いて、大混雑の伊東屋で手帳のリフィルを買ったあと京橋図書館へ。今年最後の京橋図書館、急遽来られることになってホクホクだった。予約してあった本を引き取ったあと、国立劇場の上演資料集を閲覧。『ひらかな盛衰記』の詳しい資料集があって、戸板さんが言及していた三宅周太郎の文章も読むことができた。ほかのもじっくりと読むとしようと嬉々と借り出すことに。初芝居に備えて『加賀鳶』の資料集も一緒に借りた。と、ますます歌舞伎気分が盛り上がったことだし、まだまだ時間はあるしで、突発的に奥村書店に出かけることにして、イソイソと外に出た。奥村書店では三宅周太郎の『演劇往来』を物色したのだったがどうやら棚にないようだった。その代わり、長らくの念願だった『竹の屋劇評集』を買うことができた。今年を締めくくるのにふさわしいたいへんめでたい買い物。わーいわーいと来た道を少し戻って、ひさびさに「樹の花」でコーヒーを飲んで、買ったばかりの本や借りたばかりの本を次々にめくってしみじみ至福。思いがけず早く出られたので、思いがけずこんな時間を過ごすことができて、年末ならではの歓びだった。

夜は麻布十番でお蕎麦を食べた。1年でいちばん嬉しいひとときは、ソバをすすっている年の瀬の夜、のような気がする。


購入本

饗庭篁村に興味津々になったのは、筑摩書房坪内祐三編の「明治の文学」の饗庭篁村の巻の存在と戸板康二の『演芸画報・人物誌』と、花森安治装幀の福原麟太郎著『本棚の前の椅子』の相乗効果から。「明治の文学」を手にしたあとで森銑三の文章も読むようになって、このあたりの一連の流れにはとても愛着がある。戸板康二の『歌舞伎への招待』の岩波現代文庫で始まって、三木竹二の『観劇偶評』の岩波文庫を手にした2004年を締めくくるのにふさわしい一冊。たいへん嬉しい買い物だった。「歌舞伎」の三木竹二追悼号に掲載の饗庭篁村の文章も大好きだった。

明治22年12月の歌舞伎座開場から明治30年までの「東京朝日新聞」掲載の劇評を収録していて、川上音二郎の新派劇勃興の様子も読むことができるという、そのまま「明治演劇史」という一冊。三木竹二の『観劇偶評』と同じように、団菊のいた明治の歌舞伎を読むことができる。巻末に収録の坪内逍遥の文章がたいへん嬉しい。

と、坪内逍遥のあとがきに早稲田の近松講義のくだりがあったところで、岩波文庫三木竹二を編集した渡辺保さんの新刊を一緒に買った。『近松物語』というタイトルは、チャールズ・ラムと姉のメアリーが子供向けの書いた『シェークスピア物語』を踏襲しているのだそうで、前書きでさっそく知って嬉しかった。原書を買いに行こうと思った。近松門左衛門の時代物の浄瑠璃を21編、「古代伝説」「平安の物語」「源平から戦国へ」「江戸の今」という4つの区分で配列しているというもので、まえがきに《近松作品を時代順に並べてみると、ほとんどそこには古代以来の日本の歴史全体の展望が完成する。》というふうに書いてあり、《近松の観客たちは、自分たちの「現代」を知ると同時に「歴史」を知ったのである。》というふうに続く。「近松物語」というタイトルといい、本全体がなんとも秀逸で、目次を見ただけでワクワクだった。じっくりと近松に取り組む際のサイドブックとして長らく手元に置いておきたい。