猫と庄造と二人のおんな

映画メモ

谷崎の原作が大好きでその映画化だという、ただそれだけの理由で長年見たいと思っていた映画。今まで何度も機会があったのにそのたびに見逃していた。忘れかけたころにやっと見ることになった。谷崎潤一郎の『猫と庄造と二人のおんな』の記憶はだいぶ薄れていて、もとの小説がどんな描写だかを忘れてしまっている。なので、パリッと完結された小宇宙として映画に接することとなった。これまたずいぶん昔に見たので詳細を忘れてしまった、『夫婦善哉』とおなじく森繁の主演で、森繁を取り囲むようにして幾人かの女優が競演する。『夫婦善哉』が大阪なら、『猫と庄造と二人のをんな』は阪神間を舞台にしているというわけで、同じ豊田四郎監督で三浦光雄撮影の文芸映画を「関西」映画として森繁映画として、対の作品というふうにして見て、その点でたいへん興味深い仕上がりになっていた。『夫婦善哉』をまた見たいと思う。

それにしても、森繁! と、森繁が和事芸そのまんまに映画全編でひたすらすばらしかった。ふわふわとただようようなつかみどころのない、それでいてアンニュイな森繁を取り囲むようにして、母・浪花千栄子、先妻・山田五十鈴、後妻・香川京子の三女優が共演、この3人の女優がそれぞれにすばらしかった。浪花千栄子はニンに合いすぎいかにもぴったりな配役で嬉しかったけど、山田五十鈴香川京子の組み合わせは原作の印象では「おや」という感じだった。それがいざ見てみると、二女優とも大健闘で、山田五十鈴がそのイヤなところもかわいいところもそれらが混ざることで結局男を遠ざけているというような女性像を見事に体現、ほかの女優だったらもっと哀れをそそられたかもしれない役柄、山田五十鈴が演じたことで芸の面白さにホクホクといった感じだった。香川京子が白ブラウスにロングスカートが似合ういつものかわいいイメージとまったく違うアプレな役柄。成瀬巳喜男の『おかあさん』といった映画が大好きな身からすると、「あらあら、そんなあられもない恰好をして!」と香川ファンの困惑を感じなくもないのだけれども、その思い切りのよい(自棄なのかも)という演じぶりに女優として賞讃だった。姿そのものがフランス映画に出てきそうなかわいさ。

そして、傍役も実に豪華、山田五十鈴の妹の亭主、哲学書好きの男は山茶花究! 一瞬登場するその同僚は三木のり平! と、いちいち琴線を刺激される。あとで確認して知ったところでは、芦乃家雁玉と都家かつ江の組み合わせってすごかったかも。上方和事の伝統、つっころばしふうの男としっかりものの奥さんという組み合わせが、森繁とその妻、浪花千栄子と亡き夫をはじめとして、衛星のようにして映画全体に散っているという仕掛け。そのいくつかの衛星それぞれで芸人がいちいち豪華なのだった。

と、役者が一分の隙もなく大充実の映画なのだけれども、特筆すべきは、三浦光雄のキャメラ。去年のフィルムセンターの撮影監督に焦点をあてた特集で、五所平之助の『煙突の見える場所』で感嘆したその撮影は、数カ月後に見た同じ五所映画『朝の波紋』でも大満喫だった。リストを確認すると五所平之助のほかでは、市川崑『女性に関する十二章』もキャメラがすばらしかったと鮮明に思い出すことができる。ずいぶん以前に見た豊田四郎の『雁』も『夫婦善哉』も三浦光雄なのだった。『雁』も独特のもやっとした白黒映像がよかったなあ。

それから、なにかと興味津々の「阪神間」映画としてもたいへん堪能。大阪との違いのようなものが面白かったような気がする。香川京子とお友だちが並んで寝そべっているところを上から写したところは、じゅうたんの柄と二人のフレアスカートの柄の映え具合がそのすばらしい撮影と相まって、小出楢重の絵のことを思い出してしまうような感じ。海岸の砂浜とかの独特のハイカラさの描写もよいし、舞台の荒物屋や住宅街といった日常描写もよかった。住宅の関西独特の設計の様子がこれまたすばらしい撮影でよく映えている。美術監督として伊藤熹朔の名前がクレジットされているのだけれども、この映画全体の「見た目」のよさは撮影監督はもちろんだけれども彼に負っているところもあるのかも。海岸で香川京子にソフトクリームをぶつけられるところで一瞬登場しているのは伊藤熹朔? だったら嬉しい。クレジットがいかにも佐野繁次郎ふうだったのだけれども、本当に佐野繁次郎だったらこれまた嬉しいなあ。

森繁の結婚が愛情ではなくて完全に金銭の問題になっているところが面白かった。争うまでもなく香川京子の勝利で、それは愛情ではなくて金銭という社会的な面なのだった。そんなところが近世文学のようでとても面白いのだけれども、谷崎の原作ではどうだったかなとそんなことも思った。映画ではそっちの方がメインで猫の立場がちょっと弱い、のはいたしかたないけれども、全体的にその「関西」映画という点でたいへん興味深かったし面白かったし、目にたのしかった。