夏休みの午後の神保町。書肆アクセスにて

夜明け前の大雨で朝からずっとぬめっと湿った空気で、昼にはちょいと大きな地震、午後になると太陽がジリジリと照りつけていてベットリしてくる感じ、でも時折すーっと風が吹いてきて、空気はなんとなく秋めいているような気もする。というような変なお天気の日の午後、気まぐれに神保町までテクテク歩いた。そうだ、アクセスへ行こう! と、平日の昼下がりのアクセスは初めてなのでそれだけで嬉しい。いつもながらに欲しい本があり過ぎて吟味に難儀のあまり眉間にシワが寄る。で、ひと苦労して選択を終えてみると、アクセスで買う本はひときわ嬉しいなあといつまでもウキウキ、機嫌よく東京堂で新刊のチェックをしたあと、とある地下の喫茶店でコーヒーを飲んでひと休み。こんな感じに午後の神保町でのんびりするのはずいぶんひさしぶりで、そんないかにも夏休みという感じのゆったりした時間がふつふつと嬉しい。


アクセスでのお買い物メモ。

  • 林哲夫『カバン堂目録』P-BOOK 05(すむーす堂、2005年7月)

何種類か違う表紙になっていて、どれも素敵! と迷うのもたのし。毎回欠かさず買っている林哲夫さんの P-BOOK は今回で5冊目。いずれも部屋の本棚に面だしにして飾って悦に入っている。この一角に並んでいる本は不思議と素敵な本ばかり集うので、ますますいい感じになっている、と自己満足にひたるのもたのし。

《P-BOOK のPはピー pea すなわち「豆」plant with seeds in pods のピー》、《小さな本だけど種をさやのなかに持っている、そんな本を手作りで発行》、《表紙は古本や反故紙を再利用》、《A5 の紙一枚の裏表に収まる内容という小ささにこだわって》、というふうな説明書きが付されている。

ふだんなにげなく接しているけれどもふと気づくと心の奥にたしかに存在する、文字や紙や印刷といった「書物」の要素あれこれ、ひいては「書物」そのものへの愛着がそこはかとなく喚起されて、P-BOOK を手にするたびにじんわりと嬉しくなる。わたしも真似して作ってみようかなといつも思うけれども、思うだけで特に行動には移してはいない、けれども、そんなことをうっすらと思ってみたりするのもオツな感じ。

今回の『カバン堂目録』の初出は毎年10月に開催の早稲田青空古本祭の目録「古本共和国」第17号(2002年)で、架空の古書目録といった特集ページがあって、当時惚れ惚れと眺めていたものだった。岡崎武志さんによる目録を読み返そうとちくま文庫を取り出そうとしたら、わが書棚の P-BOOK が面出しになっているあたりに収まっていた。

この本もわが書棚の P-BOOK が面出しになっているあたりに収めるのが確実の1冊。新たにお気に入りの本が増えるのはいつもとても嬉しい。牧野書店の牧野武夫(『乳の匂ひ』)、桜井書店の桜井均(『世の中へ』)、大理書房の田中末吉(『小品随筆 このわた集』)の3人の出版人のあと、巻末は『大正新立志傳』の復刻「文士、加能作次郎君」を収録。注釈や書影、書肆なども大充実で、表紙は桜井書店の『世の中へ』の函の鍋井克之の図案をアレンジ……といった、スムース文庫全体を構成するプロフェッショナルな仕事ぶりに惚れ惚れ。

今年に入ってから少しずつ加能作次郎に近づいていたところだったので、タイミング的にもグッドな刊行で嬉しかった。今年の出来事としては、2月に歌舞伎座の『野崎村』を機に藤沢清造にこだわる→3月に石川近代文学全集『加能作次郎藤沢清造戸部新十郎』を入手→6月に松本八郎編『加能作次郎 三篇』EDI 叢書1を購入(id:foujita:20050609)といった流れがあった。


3月の五反田古書展で入手した、早川清『編集後記 悲劇喜劇 1966-1993』(早川書房非売品、1994年)に加能作次郎の名前ちょろっと登場していたのを突然思い出したので、ついでにメモ。


……八木隆一郎と僕との最初の出会いは、芝居の関係からではない。僕の父の懇意にしていた銀行マンの加能さんというひとの紹介だった。昭和14年のことと記憶する。
神田の古本屋めぐりのあと、小川町にある銀行に加能さんを訪ねた八木隆一郎を、加能さんはそのまま同じ区内の僕の家へ連れて来た。僕が多少演劇に興味を持っている人間であることを知っている加能さんが、ひそかに演出したものであったのかも知れない。
濃く太い眉、奥深く鋭い眼光、それでいて白い歯をみせて笑うとなんともいえないひとなつこさを示す顔貌であった。さわやかな初夏の夕方で、彼は素足の着流しで、買って来た書籍を脇に抱えていた。油気のない髪、すらっとした長身の容姿はいかにも文士然としていた。彼との交友は、この日、家の近くにあった「はちまき」というてんぷら屋から始まった。
加能さんは能登羽咋のひとで、文壇の登竜門誌として名の高かった博文館の「文章世界」(明治19年-大正10年)の三代目編集長(初代田山花袋、二代目長谷川天渓)、又自然主義作家として著名な加能作次郎氏の従兄弟である。自分から口にしたこともなかったし、友人たちの間でもあまり知られていないようだが、八木隆一郎の奥さんアイ子さんは、加能作次郎氏の姉さんの娘さんである。
(「悲劇喜劇」1977年6月号編集後記より)

加能作次郎の登場はあと一箇所、1992年7月号の編集後記。『乳の匂ひ』の情景に遭遇したことが書いてある。

早川清『編集後記』は早川清の一周忌に合わせて刊行された私家版。昭和40年1月に早川書房で復刊された「悲劇喜劇」の早川清による編集後記を全篇収録している(「悲劇喜劇」は監修者が岩田豊雄、編集同人が早川書房の早川清、尾崎宏次、戸板康二)。ウィリアム・モリスをあしらった多田進の装丁が実に美しい。戸板康二文献としても秀逸で、今年入手した古本で一番嬉しい本になるのは確実の1冊。

その松本八郎編『加能作次郎 三篇』EDI 叢書1(http://www.edi-net.com/sosho/kano.html)と同時にアクセスで買ったのが、山田稔さんの最新刊『八十二歳のガールフレンド』(ISBN:4892711373)だった。以来、ここ2ヶ月ばかり、ゆったりとじっくりと手持ちの山田稔本を再読している。先月の旅行の折に、三月書房で未所持の山田稔本を買おうと思っていたのだけれども再読真っ最中の1冊があったため、なんとなく見送ってしまった。あれから一ヶ月。やっと新しい本を買えて、やれ嬉しや。今回買った『幸福へのパスポート』は未読。じっくりとゆっくりと山田稔を読み進めていくとしよう。「BOOKISH」の山田稔特集号が待っているので、グッドタイミングでもあるのだった。

  • 「WHISKY VOICE No.22」(サントリー、2005年7月)
  • 「WHISKY VOICE No.21」特別編集号《私のハーフロック》(サントリー、2005年3月)

こちらに各号詳細あり:http://www.bekkoame.ne.jp/~much/access/shop/ac06/ac06.htm

ひとたび店頭で手に取るととたんに欲しくなってしまう。いかにもアクセスで買うのが似つかわしい。サンアドの制作で、アートディレクションは牧野伊三夫さん。その挿絵といい、活字や紙の感じといい、なんとも垢抜けていてすばらしい。古本ではなく新刊書として、このような本を手にすることができること自体が嬉しい。すでに22号まで刊行、全部欲しい! と思ってしまいそうになるけれども、この冊子のことはつい最近まで知らなかったのだからこういうのも縁だなあ、と最新2冊を今回は買った。アクセスに行くたびに「行きがけの駄賃」で少しずつ買っていくのもいいかなと思っている。

第21号は特別号で「私のハーフロック」特集。

ハーフロックは、ウィスキーと水、あるいはソーダ水などを、一対一で割り、ロックのスタイルにするものです。その一杯は、軽やかな香りが立ち上がり、飲み口はまたとない滑らかさ、飲み易く、しかもウィスキー本来の味わいが、奥の奥まで楽しめます。(第21号「はじめに」より)

と、日本全国のバーをめぐって、見開き1ページでそれぞれのバーテンダーの「私のハーフロック」を伺うことができる。左ページは全面、牧野伊三夫さんのスケッチになっているので、すべてバーにまつわる挿絵ばかりで、牧野スケッチ集という体裁も帯びている。バーを一軒ずつ訪問しての談話に素敵な挿絵が添えられることで、なんとも見事な小冊子。

このところ、水割りをチビチビ(実はグビグビ)飲むのがたのしくて、戸板康二はバーでは必ずハイボールだったんですって、水割りじゃなくてハイボールにしようかなと思いつつも、いつも水割りにしてしまう。とかなんとか、すっかりおやじのわたしであるが、ハーフロック、いいなあと、素敵な冊子を手にしてさらにウィスキーが気になって、と、こういうのはたのしい。戸板康二のエッセイを読むたのしみのひとつに、酒場の描写を読む、というのがあって、お酒や酒場にまつわり香気のようなものにはいつもあこがれる。おなじように煙草にもあこがれるのだけれども、喫煙の習慣はないので、こうして本を買ったあとの喫茶店でただよってくる煙でその気分を味わってみたり。


……とかなんとか、アクセスで買う本はいつも嬉しい本ばかり。買ったあとですぐに眺めたくなるから、いつも喫茶店では長居なのだった。神保町のコーヒーはひときわおいしい。