銀幕の明治チョコレート

朝の身支度の時間はハイドン弦楽四重奏。去年の年明けのころに購った、ウィーンコンツェルトハウス四重奏団のディスク。その清冽さがいつ聴いてもしみじみいとおしい。このディスクを買って、ハイドン弦楽四重奏を強化しようと決意したのであったが、そのまま1年が過ぎてしまったなあと思ったあとで、こうしてはいられないとイソイソと外出。広津和郎の『年月のあしおと』がおもしろくておもしろくてと、今朝も喫茶店でランランと繰る。

昼休み、本屋さんで講談社文芸文庫の新刊、篠田一士の『三田の詩人たち』の久保田万太郎の項を立ち読み。わが本棚の一角のうるわしき「小沢書店」コーナーのことを思い出す。あのなかにも未読が何冊かあるのだ。「発掘、発掘」と心の中で呪文をとなえたところで時間になる。

昨日に引き続いて、フィルムセンターに寄り道。《シネマの冒険 闇と音楽:生誕百年の監督たち》特集にて本日も成瀬巳喜男サイレント映画。今日は『君と別れて』(昭和8年)を小林弘人さんのピアノ伴奏付きで見る。昭和初期松竹映画が好きだ! 無声映画が好きだ! と、今日もただただ嬉しい時間。途中、郊外電車の座席で(その移動映像のうつくしいこと)、ヒロインが取り出した明治チョコレートをこれ見よがしに映し出すシーンで「あ!」と叫びそうになる。どんなシーンだか忘れたけど、昨日見たばかりの『限りなき舗道』でも不自然に明治チョコレートが登場する場面があった。昭和初期の明治製菓というと、頭のなかは一気に、大学卒業後の戸板康二が勤めていた内田誠宣伝部長の「スヰート」編集部! と、ふつふつと嬉しい。

明治製菓タイアップ映画については、田中眞澄先生の近著で『チョコレートと兵隊』についての言及があって「おっ」と思いつつもそれっきりだった。よい機会なので近々読んでみようと思う。「銀幕の明治チョコレート」というと、去年の梅雨のころに、新文芸坐美空ひばり特集で見た『ジャンケン娘』のことを思い出す。不自然に頻出される明治チョコレートと不自然に演技が大げさな龍岡晋に大笑いだった。というわけで、今後とも「銀幕の明治チョコレート」の系譜を追ってゆきたいものである。

フィルムセンターを出て鍛冶橋通りを少し歩くと明治製菓の本社の前。フィルムセンターに寄り道のたびに、「スヰート」時代の戸板康二に思いを馳せることができて嬉しい。そして、同時に思い出すのが郵船ビルの百間先生のことなのだった。