戸板さんの肉声を聞いた

今日は寄り道せず自宅へ突進。家事諸々を大急ぎで片付けて、お茶を丁寧に入れたあとで、いただきものの戸板康二梅幸の対談を姿勢をただして聴いた(ありがとうございます、ありがとうございます)。戸板さんの肉声を耳にするのは正真正銘今日が初めてでドキドキ。いざ聞いてみると、矢野誠一さんの文章で知っていた通りに、戸板さんはかなりの早口、たたみかけるような口調が実にいい! やはりいかにも頭のよさそうな、いかにも切れ者風な感じのしゃべり。同窓の梅幸との対談というわけで、よき東京言葉を耳にするたいへん貴重な時間でもあった。

対談は明治20年に生まれて昭和53年に亡くなった尾上多賀之丞の追悼で、舞台の音源もたくさん聞くことができた。田圃太夫、源之助のことがますます気になってきた。五代目菊五郎の間と段取り、生世話物における捨て台詞、かつての菊五郎劇団のワキをかためる人材、歌舞伎における芸の系統などなど、一回聞いただけで急にもっと歌舞伎を知りたいという気になってきた。とは言うものの、今日は戸板さんの肉声を聞いたという興奮が先にたって、時折挿入される「ちょっといい話」がまた「クーッ!」と嬉しくてしょうがなかった。明日も聴こう。

戦後、平和が到来してから、歌舞伎座の舞台を見ていた佐多稲子は、ひとりの女形のほんのさ細な、なに気ないしぐさで、はっとする。「あッ、鬼丸だ」とわかったのである。急に、二十何年も前の、宮戸座の舞台が、目の前に彷佛として、若き日の傳次郎や鬼丸の姿が浮かんだという。あわてて手元のプログラムをひらいて、鬼丸が、いま尾上多賀之丞になっていることを知り、いまさらのごとく歳月の空白を知ったという。(矢野誠一文人たちの寄席』より)