神保町寄り道日記

朝、出かける直前に石神井書林から本が届いた。2冊注文したうち1冊が売り切れだった。えいっと注文ハガキを書いたときに、つい魔がさしてとても欲しい本に加えてこれも欲しいなあという本を諦めきれずつい書き加えてしまって、あとでちょいと後悔していた。それが、当初のとっても欲しい本の方だけが届いたのだから、めでたしめでたし。青空の下、払込用紙持参で意気揚々と外出。

二週間以上神保町に行っていないのでムズムズしてきたーと帰りは神保町に寄り道。石神井書林の売り切れだった本の料金分、お金が余っていることだし、とそんな料簡になってしまうのがわたしの悪い癖、前々から狙っていた戸板康二の本を買ったあとで、書肆アクセス東京堂を行脚。東京堂では岩波文庫の一括重版より『申楽談儀』と牧野信一を手にとった。と、そのとき澤木四方吉の『美術の都』が目に入り、岩波文庫でこんな本が出ていたなんて! とびっくり。この人、水上瀧太郎の『倫敦の宿』という小説に登場しているのが印象に残っていたのだった。牧野信一が気になりだしたのは久保田万太郎がきっかけだったし、あいかわらずこの時代この周辺の人物誌をいろいろ面白がっている。書肆アクセスではずっと買い損ねていた「sumus 文庫」の荻原魚雷著『借家と古本』。「sumus」でずっとファンだった。

ひさびさに喫茶店に寄り道、買ったばかりの『借家と古本』をさっそく読みふけった。「sumus」で一度読んだことがあるはずなのに、通して読んでみると実にいい。「sumus 文庫」の造本にもうっとり、刊行予定リストを眺めて嬉しい。つづいて牧野信一、まずはタイトルに惹かれて『泉岳寺附近』を読んでみた。初めて読んだ書き手だったけども、これもまあ、いいなあ。ラストがきいている。と、すっかりよい気分。初めて読む書き手で好きな書き手を見つけたときはいつも嬉しい。他の小説もたのしみだ。と、帰りの電車で、『泉岳寺附近』を再読していたら、うっかり電車を乗り越してしまった。

購入本

落語メモ

これは昨日の買い物。日中はとあるオフィス街にいるのだけれども、そのとあるビルの本屋が最近気に入ってしまって、ちょくちょく出かけている。と言っても昼休みに立ち読みに行くくらいなのだったので、たまに買い物できると嬉しい。文庫本がきちんと売っていて、岩波文庫など品切れのも結構あるのが見ていてたのしい。ちくま文庫もきちんと入荷している。

と、昼休みに買った『志ん朝の落語』、さっそく「愛宕山」を眺めていて、目がウルウル。志ん朝さんの愛宕山は素晴らしすぎて、モーツァルトの音楽を聴いているときみたいにうっすらと哀しくなってしまうくらい。一八のここのくだりが好きだなあと「チャラカチャーンたらンチャラカチャーン……」という文字を追っているうちに、ディスクのことを思い出してジーンとなってしまった。京須偕充さんの解説にある《三百人劇場が床ごと一尺も持ち上がったようなどよめきと笑いの響きが忘れられない》というくだり、ディスクを聴いただけでもそのすごさは伝わってくる。小三治独演会の記憶を胸に、「付き馬」のところも熟読した。《主人公の独演で明治大正の浅草風俗を活写する》というくだりを目にして、一刻も早く聞き直したくてたまらなくなってきた。

志ん朝さんが江戸弁的なるものを象徴する魅力にあふれていたのはたしかだが、たとえば「美人」のアクセントなどはまったく現代風だった。たんなる明治人の生まれ変わりだったら志ん朝さんはスターにはなれなかったろう。言葉は変貌する生きものだ。そして志ん朝さんの真価は、言葉よりももっと奥にある。(『志ん朝の落語3』編者のマクラより)

と言いつつも、昨日は部屋に帰ってから、買ったばかりの馬生ディスクのつづき、『お初徳兵衛』を聴いたのだった。この噺、今年6月の紀伊国屋寄席で雲助師匠が高座にかけていたのをポスターで見て覚えている。が、行き損ねたので、馬生師匠のディスクで初めて聴くこととなった。矢野誠一さんの『落語読本』によると、これは『船徳』のもとになった噺で、圓遊が改作したのだという。もとの『お初徳兵衛』について矢野さんは「それほど面白いものではなかった」と書いているけれども、いやあ、面白かった! 雲助さんの高座が手にとるように想像できる感じで、船頭たちが先手をうって親方に謝るくだりなどさぞいいだろうなあと思った。『お初徳兵衛』は発端のところで終ってしまうのだけど、その終わりかたもよかった。

というわけで、ますます馬生師匠を追求せねばというところなのだったが、「東京人」を確認すると、馬生のおすすめCDガイドとして、矢野誠一さん選は『明烏』『辰巳の辻占』『今戸の狐』『水屋の富』『つづら』が挙がっていて、編集部の方は『たがや』『品川心中』『抜け雀』『おせつ徳三郎』『お初徳兵衛』というふうになっている。今回さっそく堪能した『辰巳の辻占』と『お初徳兵衛』がしっかり入っているところをみると、このセレクションをなぞるようにして馬生師匠を追ってみるのもよさそうだと思った。