『徳川夢声と出会った』を買った

foujita2003-12-16


このところ朝の電車のなかでは漱石の『二百十日・野分』(新潮文庫)を読んでいる。たかだか10分の車内なのでのろのろと読んでいる。朝はどんより曇り空で強風が吹き荒れてしみじみ寒かった。日中は9階にいる。窓から見えたのはとてもきれいな青空、どこまでも澄んでいた。夕焼けがえらくきれいだった。ちょうど今朝は『野分』の、

《杉垣の遥か向うに大きな柿の木が見えて、空のなかへ五分珠の珊瑚をかためて嵌め込んだ様に奇麗に赤く映る。鳴子の音がして烏がぱっと飛んだ。》

という箇所で中断していて、夕焼けの色を見たときこの一節を思い出してちょっといい気分だった。


さてさて、先日入手したチラシによると、今日という日は、徳川夢声研究家の濱田研吾さんの待望の著書『徳川夢声と出会った』の発売日なのだ。というわけで、今日の日没後は神保町の東京堂へ行こうと前々から心に決めていた。入手したチラシにはこんな感じの紹介文がある。

稀代の話術家として一世を風靡し、大正・昭和の芸能文化史にその名を刻んだ徳川夢声。「徳川夢声という名前は、僕等の世代の者には、その字づらだけで胸がときめくようなある種の誘惑に通ずるものがある……」劇評家の戸板康二は、こう書き残しています。夢声が逝って、今年で三十三回忌。その亡きあとに生まれ、なんの縁も所縁もなき一青年(?)の手によりありし日の芸と人がよみがえります。(『徳川夢声と出会った』チラシより転載)

戸板康二の名前が登場しているのでつい抜き書き。

突進するつもりがちょいと出るのが遅くなってしまった。神保町の地上に出ていそいそと東京堂に向かって歩く途中、もう書肆アクセス閉店時間だとふと足を踏み入れた。書肆アクセスは通りがかる度に必ず足を踏み入れてはつい散財してしまっている。と、今日もそんな感じに軽い気持で足を踏み入れたら、なんと! 徳川夢声の『いろは交友録』の復刻を発見! 「書評のメルマガ」で紹介のあったのを心にとめていたばかり。古本を10月、反町の古書展で買っているのだけれども、『徳川夢声と出会った』を買いに行く途中に遭遇するとはなんという奇縁であろうと、わーいと買った。

東京堂では目当ての『徳川夢声と出会った』は新刊台にどーんと積んであった。すぐに引っこ抜いて、他に今日買うつもりだった種村さんを手にとって、その直後、みすずの《大人の本棚》の新刊でルイ・フィリップが出ていて、その訳がなんと山田稔さんなのでびっくり、狂喜乱舞でガバッと手にとった。と、なんだかこのところ散財続き。

東京堂で入手した、来月の岩波書店の新刊案内の岩波現代文庫のところに、しっかりと戸板康二『歌舞伎への招待』が載っていた。本当に出るんだ!(←しつこい) 解説は山川静夫さんとのことで、1月16日発売。書籍紹介のところには、

《戦後歌舞伎批評を確立した戸板康二。本書は異邦人(エトランゼ)の鑑賞眼で、芝居通の間の「約束事」を、読者にやさしく翻訳してみせる。各章は「花道」「女方」等のテーマにまつわる挿話・芸談連句のように紡ぎ合わされている。》

というふうになっていた。にっこり。

今日はとりわけいい買い物ができて上機嫌。東京堂のあとは、平日の神保町でちょいとぜいたくな気持ちのときに寄り道する、とある喫茶店に向かった。

帰宅してラジオのスイッチをつけたら、「ラジオ名人寄席」が始まったところ。圓生の『金明竹』だ。届いていた郵便物のなかに、来月のかまくら落語会の案内があった。奇数月に催されているのだけれども、9月に雲助さんを聴いて、先月は行かなかった。それなのにわざわざ送ってくれるなんて! と感激。来月は喜多八さんなので、今度こそは行こうと前々から思っていたので嬉しい。明日さっそく料金を払い込むとしよう。と思いつつ、同封してあった冊子に目を通した。喜多八さんは、初めてかまくら落語会に登場したあと、中1回だけ置いての再演となったのだそう、そして、その2度目のときは来場者がぐっと増えたとのこと。いい話だなあとジーン。

そして、そのあとさらにいい話が待っていた。かまくら落語会の冊子でいつも(と言ってもわたしが読むのは今回で3度目)いい文章を読ませていただいている岡崎さんの文章に、とても感動的なくだりがあったのだ。やっぱり喜多八さんつながり、10月の三田春日寄席のときのおはなしで、おっ、この落語会狙っていたけど結局行き損ねたっけなあと思って読み進めてみたところ、この日、開演前の10人ほどしかいない客席に向かって、受付の女性が出たばかりのリトルマガジンBOOKISH」の落語本特集を持って「こんな本がありますけど、5册だけですが御入用の方は早い者勝ちで」と声をかけたら、たちまち全部売れてしまったという。そして、かねてから尊敬するY先生も登場、Y氏は落ち着いて「別の場所で買います」とおっしゃっておられたという。なんといい話なのだろうと、ジーンとなっているうちに、ラジオの圓生の『金明竹』がいつのまにか終わってしまっていた。このあと、さらに感動的なくだりがあるのだけれども、ここでは控えよう。

今日の日記、無駄に長い。


購入本

『いろは交友録』、昭和28年に出たものを表紙からそのまま復刻している。「い」岩田豊雄から「す」鈴木信太郎(画家の方)に至る人物交友録。人物紹介文は新しくなっているし巻末に岡崎武志さんの解説があるうえに、古本をそのまま復刻したという形態で1400円。ちょっと信じられないくらい豪華な本だ。ここの交友録に連なる人物、わたしも日頃の古本読みで心ときめかす人がとても多い。坪内士行のところを読んで、戸板さんの書評で『越しかた九十年』があったことを思い出す。夢声の文章でますます鼓舞されてがぜん読んでみたくなった。それにしても坪内逍遥をとりまく人々って面白い人ばかり。岡崎さんの解説にもあったけれども、『いろは交友録』が出たのは昭和28年。ここ何カ月か、昭和28年のことに何かと興奮事項があったので、その点でも見逃せないものがある。今からちょうど50年前、もうすぐ新しい年になってしまう。そして、『徳川夢声と出会った』、ぱらぱらと拾い読みしただけで、この本、予想をさらに上回る素晴らしさだということがよくわかる。大事にじっくりと熟読して、いろいろ考えるつもり。妙に気が引き締まっているところ。

熊谷守一と池袋モンパルナスのことも登場しているということを、id:kanetaku さんから教えていただいて、さっそく購入を決意。土曜日に熊谷守一美術館に出かけたばかりで、この本に出会うことになるなんて! と、さっそくめくった当該箇所にももちろん大興奮だったけれども、本全体が、ちょっと読むのがもったいないという気にさせられるような感じ。この本を手にすることができて本当によかった。

山田稔さんの訳で出るなんて、これまたなんて嬉しいことだろう。この本はお正月休みに読もうかしらと思ったけれども、お正月休みの本はすでに他に決定済み、いつもとたんにテンションが低くなる1月中旬くらいにじんわりと読みたいなと、そのときがちょっとたのしみ。この季節に、山田稔さん編集のみすずの「大人の本棚」のチェーホフをひもといたことがあった。またおんなじように「大人の本棚」をめくることができる。