文六ウィーク

先週、図書館で『信子・おばあさん』を借りて読んだ。『信子』は清水宏が監督しているとのこと。主演は高峰三枝子、結構はずれも多い清水宏、これはどんな映画なのだろう。『信子』も悪くはなかったけれども、ついでに読んだ『おばあさん』がよかった。花森安治の別冊で戸板康二の文章を読んで、心は一気に昭和16年12月の東京だったところで読んだ『おばあさん』も昭和16年12月でその物語が終わっていた。獅子文六の小説はなによりも人物造型がとてもよくて、必ずこの人好きだなあというような人が登場する。その登場人物を描写する文章に接するときの居心地のよさがまずあって、あと必ず結末が納得いく終わり方になっている。「大団円」という言葉がぴったり。と、たまに獅子文六を読むと、しばらく他の未読のもがぜん読まねばという気運が盛り上がる。で、今ひさびさに獅子文六モード。今日は『ある美人の一生』を読んだ。『おばあさん』とおんなじように、ある賢い明治女性が主人公。明日は何を読もう。

タクシーの中での話。脚本で言葉を書いてる唯一の作家は久保田万太郎だ、と保氏言う。そうだ、他の作家は言葉でなく文章を並べているんだ、と私。久保田氏の脚本だけは、まるのみこみに暗記しても腹が立たない、とこれも私。然し久保田氏の生活ぶりは見ていて危なっかしい。子供が電車通りで三輪車に乗っているのを見ているようなものだ、と同じく私。保氏大いに同感する。そこへ行くと岩田豊雄などは危なげ微塵もなく、と私がいうと保氏とたんに曰く「あれは地下鉄だ」と。三輪車に対する地下鉄は蓋し言い得て妙。三人とも暫く笑いこける。では岸田国士はというと、「あれは高架鉄道だ」と保氏。伊馬氏が「高田さんは円タクですか」というと高田氏はニヤニヤして黙っている。私は何だろうと私がいうと、保氏曰く「あんたはバスさ」と。とにかく牡丹亭主人を地下鉄にしてしまったのは面白かった。(徳川夢声夢声戦争日記』昭和17年5月30日より)