粉雪の鎌倉

鎌倉へ出かけた。午後も遅くに到着、近代美術館は時間がないので断念して、鏑木清方美術館を見たあと、小町通りの喫茶店「門」でのんびり。店内はあたたかで、窓の外を粉雪が舞っていて、ゆったりといい心持ちだった。観光客らしからぬ、のんびりと過ごす鎌倉というのも実にいい。外はツーンと寒くて、冷たい空気が頬に気持ちよかった。

鏑木清方美術館の新春恒例は、《明治風俗十二カ月》の羽子板展示。今回は原画の展示がないのでだいぶもの足りないけれども、後ろのパネルを見て何年か前に訪れたときに見た清方の原画に思いを馳せても結構たのしくて、1月に描かれている羽子板に描かれているのは福助の頃の五代目歌右衛門の八重垣姫だったなあということを思い出したり。と、八重垣姫のことを思い出したその直後、「十種香」の八重垣姫と勝頼と濡衣を描いた3葉の絵を見ることができて大感激だった。個人蔵のこの絵、実際に見たのはたぶん初めて。それから、展示会場全体がいつもよりもひときわ季節感に溢れていて、「初東風」という絵がとても好きで、ずいぶん凝視した。「東風」と聞くと思い出づるは道真公というわけで、梅の花をいくつか見ることが出来たのも嬉しかった。来月には梅見に行きたい。と、《明治風俗十二カ月》の2月に描かれている「梅屋敷」のことを思った。初めて見た《讃春》という2枚の絵は、いかにも清方の「卓上芸術」。青と緑のポワーンとした色彩がすばらしかった。と、いつもながらに、展示点数は少ないけれども、その分、ひとつひとつの作品に集中できて、最終的にはとても満ち足りた気持ちになって美術館をあとにする、といういつもの鏑木清方美術館におけるたのしみを満喫した。

かまくら落語会の会場に隣接する島森書店、去年9月に初めて立ち寄ってそこはかとなく気に入ってしまったので、買い損ねていた『明治商売往来続』はここで買おうと心に決めていた。他に、「かまくら春秋」の今月号も買った。地域誌を見るのはいつもたのしい。

それにしても、仲田定之助の『明治商売往来』は手にしただけで今後の生活が潤うような気持ちにさせてくれるようなぜいたくな1冊だ。くどいようだが、この『明治商売往来』、図書館で入手した戸板康二の書評を読んで興味津々になったその直後にちくま学芸文庫として手にしたという因縁、戸板さんに教えてもらった本なのだ。この書物に書かれているいろいろなことが今までの本読み諸々とつながって、そのつながり具合に心が躍りまくり。これからの本読みがますます充実してくるような奥行きがある。仲田定之助の文章そのものもとてもよい。

続のはじまりは、日本橋の鰹節にんべん。ここをちょっと読んだだけでも、黙阿弥のト書きにあったような贈答品としての鰹節のことを思い出したり、戸板康二の『回想の戦中戦後』にあった「にんべん」の重役の出資で出た演劇雑誌のことを思い出してワクワクしたり、などなど、まさしく汲めども尽きぬという感じ。帝国劇場のところでは天井画を描いた和田英作が登場して、藤田嗣治岡本一平や池部鈞なども絡む。その目撃談を読んでかつて演博で見た帝劇展のことを思い出したりもするだった。

   (仲入り)

かまくら落語会」のことを知ったのは、去年の7月に発売になった朝日名人会シリーズ、雲助師匠の『淀五郎』と『名人長二』を収録したディスクがきっかけだった。ライナーの山本進先生の解説に、数年前のかまくら落語会で雲助さんの『名人長二』を聴いて、それまではどちらかというと好きにはなれなかった雲助さんの印象が一変した、云々とあるのを見て、いいないいなと、いつの日か「かまくら落語会」で雲助師匠を聴きたいなあと思ったのだった。それが早くも2カ月後の9月に実現。雲助さんの『唐茄子屋政談』を聴けたのが嬉しかったのはもちろんだけれども、初めて訪れた「かまくら落語会」が今までに行った落語会のなかでも随一といっていいくらい、気持ちのよい落語会で、一度行っただけで落語会そのもののファンになってしまったのだった。鎌倉生涯学習センターホールは鎌倉駅からすぐ近く、駅前広場からまっすぐに若宮大路を渡ったところ、奇数月の年6回の開催、1カ月前になると申込みの払込用紙とともに会報が郵送されてくる。その会報を読むのも嬉しい時間。

と、居合わせるだけでも満ち足りた気持ちになってしまうかまくら落語会であったが、前回の雲助さん同様、今回の喜多八さんの独演会も遠くから来た甲斐がありすぎるくらいあった、大充実の一夜だった。油がのっているというかなんというか、いつ聴いても期待が裏切られたことがまったくない。それと、寄席だといつも「虚弱体質」だけど、こういった独演会だと様子がいつもとちょいと違って、なんと言ったらいいのか、そこにのぞかせるこの人独特のおっとりさ加減がなんだか好きだ。

マクラが絶妙に本編とつながっているというのもいつもながら見事で、『うどん屋』では、立ち食いソバのこと、寄席では虚弱体質だけど本当は人より丈夫で喉が強い、などなどといったことが絶妙につながっている。『将棋の殿様』のマクラには『噺家の夢』という噺が挿入されていて、2つの噺を連続して聴くことになるというぜいたくなもの。噺そのものも、『将棋の殿様』の苦りきった三太夫、『うどん屋』では姪っこの婚礼にのろける老人、迷惑するうどん屋といった描写、ひとつひとつの切れ味がよくてコクもたっぷり。姪っこの婚礼のところでは里見とんの小説のある描写のことをちょっと思い出した。とにかくもう油がのっている。今後さらに強化して聴きたい噺家さんだ。

会のあとさきに主催者の方のちょっとしたご挨拶がまたよくて、『うどん屋』では師匠の小三治さんのそのまた師匠の小さんの味わいがありましたね、とおっしゃっておられた。次回の3月のさん喬さんも行けたらいいなと思う。