阿佐ヶ谷の成瀬特集

第1話「くちづけ」(筧正典)、第2話「霧の中の少女」(鈴木英夫)、第3話「女同士」(成瀬巳喜男)の、石坂洋次郎原作の短篇オムニバス。目当ての成瀬はもちろんのこと、先の2本もほんわかとよくて、まさしく「佳作」という言葉がぴったり、古本屋で半分は装丁目当てで買った古い何かの風俗小説を読んでいるかのような気分、潔癖さと古風さと力の抜け具合とが同居していてとてもいい感じ。昔の日本映画のこういう味わいが好きなんだなアと、ひさびさにそんなよろこびにひたった気がする。『くちづけ』は「くちづけ」というタイトルがきいている、大学の同級生カップルとヒロインの義姉の物語。昔の大学生描写を眺めるのが好きなのでそのたのしみもあって、ヒロイン青山京子のシャツとロングスカートという女学生姿がよかった。十朱久雄のおじさんとか、笠智衆の教授のとぼけたおかしみがよくて、脇でビシッと固めていた。

以前、アテネ・フランセで特集上映があったときに行き損ねていて以来、ちょっと気になっていた鈴木英夫、その監督作品を見るのは今回が初めて、この鈴木英夫もよかった。東北地方の農村での夏休みに東京の大学に通っている姉・司葉子のボーイフレンドが旅の途中に突然訪ねてくることになって、一家でやきもき、という、そんな他愛ないストーリーがしみじみかわいくて、こういうの好きだなあ。妹の中原ひとみが少女マンガみたいにかわいらしくて、思春期!という役柄を好演していた。ここでは飯田蝶子が脇で絶妙なスパイスになっている。『女同士』は開業医・上原謙とその妻高峰秀子と住み込み看護婦中村メイ子の物語。成瀬映画の上原謙というと、『山の音』とか『めし』みたいな冷たげな役がいかにもぴったりな一方で、今回みたいないくぶん飄々としているのもなかなかよいのだった。ちょっとした日常描写があちこちで面白くて、典型的成瀬手法をあちこちで満喫、ラストに新しい、しかも前より美人の看護婦が来ることで「ふりだしに戻る」といった感じで終わるところもいかにも成瀬だった。成瀬巳喜男の演出という点でも、人生には結末などなくていつまでも続くのだという円還という点でも、高峰秀子の好演という点でも、成瀬映画の要素がコンパクトに巧みにまとまっている好篇だった。

力を抜いて楽しめる 愛すべき小品佳作/石坂洋次郎の三つの短篇小説を、三人の監督が同一スタッフで分担演出したオムニバス映画。成瀬は第三話「女同士」を担当。手慣れた夫婦劇にコミカルな味を加えて、短篇だけに余裕綽々の名人芸を満喫させる。(チラシ紹介文より)

どうもわたしは林芙美子という作家がずっと苦手で今後もそれは変わることないのは確実なのだけれども、林芙美子原作の成瀬巳喜男映画は大好きで(『めし』浮雲』『妻』『晩菊』)、これらの成瀬映画を現在に残したというだけでも林芙美子に感謝しないといけないのかもしれない。というようなことを誰かも書いていた気がする(金井美恵子だったか?)。さて、そんな林芙美子原作で傑作の誉れが高い成瀬巳喜男の『稲妻』、ずっと見逃していて、やっと見ることができた。素晴らしい映画を遅れ馳せながらに見たときにいつも思う、たのしみをあとにとっておいてよかった! ということをしみじみ思った、幸福な映画館行きだった。

バスガイドをしている高峰秀子の乗っているバスが銀座の柳を通過するところから始まるこの映画、全編「東京映画」という感じで、父親の違う子供を4人産んでいる母の家や高峰秀子の死んだ義兄の妾の住む深川といった下町風景と対照的に、後半、ひとり暮しを始める世田谷でのびのびと緑を満喫する高峰秀子、悪役っぽい小沢栄太郎は両国でパン屋をしていて、渋谷で「温泉宿」を経営したり、神田で喫茶店の出資をしたりする、……などなど、移動するバスが象徴しているような、「銀幕の東京」が通奏低音だった。しがない日常、どうしようもない家族のなかで懸命に生きようとする高峰秀子、母の家に間借りしている貧乏女学生と束の間仲良くところで、レコードから音楽がきこえてくる、その音楽が映画のテーマになっていて、その音楽づかいにぐっとなった。高峰秀子が、よりよい生活の探求の象徴みたいな感じで接する、女学生や世田谷で隣人となる兄妹だけれども、この女学生や兄姉だってそれぞれにしがない日常をかかえていて、隣人の高峰秀子をちょっと眩しい思いで見ているのかもしれないなとも思わせるところもあって、そんな連関を思って、テーマ音楽聴きながらしみじみしてしまった。ラストの、高峰秀子と母のシーン、ルビーの指輪は偽物じゃなかったという挿話で終わるところ、絶品のラストシーンだった。映画でしか表現できないことを最上の完成度で見事に映画になっている、そんな映画だった。

母娘ならんで歩くしあわせ 後味最高の傑作/四人の子の父が皆違うという母子家庭の物語。エゴイストの長女、自主性のない次女、情けない長男など、そんな家族から脱出を試みる末娘の視点で一家を描く。何でもない日常生活の描写、繊細な物語を堪能したい。(チラシ紹介文より)