週末日記

土曜日の午後はひさしぶりの弥生美術館。いざ行ってみるととっても満喫。うららかな春の午後、東大構内を散歩して、今年最後のお花見となった。長沢節の生涯とそこにまつわる絵画、スケッチの展示でとても丁寧に作られた展覧会だった。面白かったのは、いかにも弥生美術館らしく、長沢節の仕事の舞台としていろいろな雑誌が見られたことと、その時代背景のようなものがしっかりと体感できたこと。昭和10年に上京して文化学院に入学、やがて「新女苑」や「少女の友」で活躍するようになる。まずはそんな雑誌もろもろを眺めるのがとても楽しかった。最近『「少女の友」とその時代』という本を読んだばかりだったので、タイミングもよかった。上京してやがていわゆる「池袋モンパルナス」に居をかまえた、というくだりにもうっとり。イラストで生計をたてることで絵は売らずに自分のかきたいものを描くというところもいい感じだった。佐野繁次郎のことを思い出した。戦後も女性雑誌もろもろの展示がとてもたのしくて、進駐軍から入手したヴォーグといった雑誌でスタイル画のヒントを得たり、やがて日本人のためのラインを開発したり、といった、受容の様子が面白かった。巴里への強い愛着の一方、着物の美しさにもきちんと目を向けている、そんな「おしゃれ心」のようなものに共感大だった。と、長沢節にまつわるいろいろなことが面白かったわけなのだけれども、長沢節そのものがとても魅力的な人だったのはもちろんだし、長沢節のイラストそのものもとても素敵だし、いろいろな要素が結合して、展覧会の空間に居合わせるだけでほんわかとよい気分なのだった。

併設の竹久夢二美術館も楽しかった。以前に来たときも竹久夢二にそれほどは愛着がないながらもとても面白くて、その面白さのゆえんは、やっぱり時代背景とそこに彩られる書物と雑誌の展示が他のいろいろなことを類推させるからなのだったが、それは今回もまったく同じで、特に、柳瀬正夢と絡めて「大正」という時代のことを描いていた洲之内徹の文章のことを急に思い出したりもした。12月に河野鷹思展で見た、雑誌「蝋人形」の展示がさっそく嬉しく、一方、昭和6年に夢二が外遊したことで河野鷹思があとを引き継いだというくだりが過去の展覧会のことがつながって嬉しくて、三越の PR 誌「三越」では大正11年に杉浦非水の渡仏後、夢二が引き継いでいて、そんな日本のグラフィックデザインの諸相にウキウキだった。非水の展示諸々もよかった。PR 誌というと、千疋屋の「fruits」が面白くて、同時代の明治製菓「スヰート」の展覧会みたいのがあったらいいなアと妄想するのもまたたのし、だった。


購入本

  • 矢口純『酒を愛する男の酒』(新潮文庫、昭和56年)

金曜日に届いた本。戸板康二の『わが交遊記』という本をホクホクと読み返して、あらてめて新橋の酒場「トントン」のくだりにいいなアとよい気分になっていた。トントンは戸板康二が常連にしていたお店で、山口瞳との初対面もここだったという。と、ひさびさに『わが交遊記』のトントンの主人、向笠幸子さんのくだりを読んでいたら、奥野信太郎十返肇名取洋之助らとトントンで酒杯を重ねたことがちょろっと登場していて、絶対に会っていたに違いない戸板さんと名取洋之助、やはり! と興奮だった。舞台がトントンというのが嬉しい。と、その直後、この矢口純の本のことが登場した。「おっ」と図書館で借りようと思ったが在庫がなくてがっかり、ウェブ検索をしてみると、おなじみの「新・読前読後(id:kanetaku)」がヒットするのでびっくり、こうしてはいられないとあわてて注文した次第だった。解説が山口瞳で、そんないかにもな空気感がとっても愛おしい1冊。

土曜日の日暮れ時、とある所用の折に通りかかった古本屋さんで安い文庫本を3冊購入。源氏鶏太が100円で木村伊兵衛が200円。こういう安い文庫本を気まぐれにポンポンと買うというのが一番たのしいという気も。源氏鶏太は今まで何冊か読んで面白いと思ったことが一度もないのになぜか懲りずにたまに買ってしまう。昭和の大衆小説の雰囲気につい惹かれて今度こそは面白いかもと毎回ほのかに期待してしまうのだった。『丸ビル乙女』はどうなのかな。木村伊兵衛はこうして安く揃えて全部揃うと嬉しい。2月に見た展覧会のことが記憶に新しいけれども、こうして小さな文庫本で見てみると、やっぱり展覧会場で見たのは格別だったなあと思う。幸田露伴の肖像写真、先日小林勇の『蝸牛庵訪問記』でそのくだりを見たばかりだったので、嬉しかった。