森銑三の『明治人物閑話』

foujita2004-04-28


明日が休みだと思うと朝から気持ちが晴れ晴れ。今朝も音楽は、アルゲリッチのコンセルトヘボウリサイタルのディスクでシューマンラヴェルシューマンの《幻想小曲集》にいたく胸をかきむしられる。気持ちがぴったりのときにシューマンピアノ曲を聴いて、琴線にべったりと触れてしかたがないときにまさる甘美な時間はない、ような気がする。ラヴェルソナチネが終わったところで外出、喫茶店でコーヒー。ドゥルーズ『ヒューム』(ちくま学芸文庫)のなかの、ヒュームによる文章の抜粋集を読んだ。帰宅後は、ザンデルリンクのラストコンサートのディスクで、ブラームスの《ハイドンの主題による変奏曲》を聴いた。買ったばかりの新しいカップで紅茶を飲んだら前よりもおいしくなった気がして嬉しい。

  • 森銑三『明治人物閑話』(中公文庫、昭和63年)

森鴎外の『百物語』で描写されている、鹿島清兵衛が催した怪談会のことについての森銑三の文章があるらしい、ということなのだが、岩波文庫の『明治人物夜話』にいかにも収録されていそうなのに入っておらず、早く読みたいものだなとこのところ気になっていた。先日の日曜日の夜、所用の折に立ち寄った古本屋さんで中公文庫の『明治人物閑話』を発見。こっちに入っていたのだった。あっさり見つかって嬉しい。が、価格がだいぶ高かったので様子を見ることにして、帰宅後ネットで探して注文して、今日届いたところ。早くも手に入って嬉しい。

さっそく森銑三による「森鴎外の『百物語』」を読んで、さっそくしみじみ琴線に触れてしかたがない。ここに登場する人物、鴎外、鹿島清兵衛のみならず、依田学海、鶯亭金升杉贋阿弥といった人物の織りなす「明治の東京」がもうたまらない感じ。多くの新聞や雑誌、書物などを縦横無尽に織りまぜて綴った森銑三の筆致そのものにもうっとり。さて、この森銑三の「森鴎外の『百物語』」を読んでみたくなったのは、戸板康二の文章がきっかけだった。その戸板さんの文章を森銑三を読んだ直後に読み返してみると、あらためて大感激だった。『見た芝居読んだ本』に収録されている「『百物語』異聞」という文章で、先の文章で森銑三が触れていなかった文献を知っている、と戸板さんが挙げているのが「歌舞伎新報」の記事。鴎外がこの会に招かれたのは、「歌舞伎新報」と深く関わっていた弟の三木竹二の縁なのではないかと推測していて、森銑三の本を読んだあとにあらためて戸板さんの考証を見てみると、なんだか急に目が覚めるようだった。

それにしても、このところ三木竹二三木竹二にまつわるあれこれがさらに気になるなあと思ったところで、再び『明治人物閑話』を開いてみると、今度は「名優尾上松助」という文章にちょっとウルウルだった。ここ1年と数カ月ばかりずっと気になっている四代目松助、そのきっかけは一昨年の歌舞伎座忠臣蔵の通し上演だった。二度目の通し見物だったので前よりもちょっとはほかのことにも目が向いて、そのときは四段目の九太夫の役柄がしみじみ面白いなあと思った。みんなが神妙にしている中でひとり饒舌に「斧とも九太ともいわれなんだ」とかなんとかぶつぶつ言ったり、「馬鹿馬鹿しいわえ」と行って出てゆく九太夫、いやな奴には違いないが、息子・定九郎はそんな九太夫にさえ見限られたというのもおかしい。それから、六段目のぜげんも面白いなあと思った。などなど、二度目に見ることで脇役にも目が行った、というか、一番目立つ脇役に目が行っただけではあるけれども、なんだかそれがとても面白かったのだった。で、あとで戸板さんの文章で知ったところ、そのとき目が行った脇役の二役とも四代目松助の持ち役だったと知って興奮だった。ちょうどその頃、早稲田の演劇博物館で帝劇の展覧会を見て、松助のことを心に刻んでいたばかりだったから、感激もひとしおだった。……などと、前置きが長くなってしまったが、森銑三の「名優尾上松助」には、前々から気になっていた、忠臣蔵の二役の松助に関する、三木竹二の劇評が紹介してあって、感激をうまく言葉にできないが、とにかくもう大感激だった。三木竹二の文章を紹介する森銑三そのものもとてもいい。『月草』をいつか読みたいものだ、と思いつつ、ずんずん読み進めていくと、「名優尾上松助」は、蝙蝠安に対する饗庭篁村の劇評を紹介して、文章を締めくくっていた。

『明治人物閑話』には「饗庭篁村の劇評」という文章も収録されている。思い起こすとちょうど一年前、筑摩書房の「明治の文学」で初めて饗庭篁村の文章を読んで、岩波文庫森銑三の『明治人物夜話』をあわてて読むという流れがあった。ちょうど1年たって、今度は中公文庫の『明治人物閑話』を手にしたことでまさしく一周まわった感覚。今年こそ『竹の屋劇評集』を手に入れたいものだ。

それにしても、森銑三の『明治人物閑話』、ここまでツボな本はそうあるものではない。今までこの本を知らなかったのは、とんだ欠落だった。この先もそんな本にたくさん出会えるといいなと思う。