鎌倉ピクニックと新宿中村屋

5月になると毎年しょうこりもなく、「五月の朝の新緑と薫風は私の生活を貴族にする」という萩原朔太郎気分を心待ちにするのだったが、朔日でさっそくそんな気分をこころゆくまで堪能した鎌倉散歩だった。黄金週間まっただなかだけど、去年と同じように、駅の人混みからひとたび抜け出してテクテク歩いていくと、とたんに静かな路地で、サワサワと木々が風にそよぐ下を日傘片手に歩いて実にいい気持ちだった。散歩コースは特にかわりばえのしないいつものコース、でもそんないつもの道を歩くのがただ至福だった。あちこちで歌舞伎の舞台そのまんまに鶯の鳴き声が聞こえて、この気持ちのよい風は山の風かしら海の風かしらと、静かな路地を歩くだけでとにかく心地よい。大谷記念美術館でじっくり絵を見て長居、鎌倉文学館の庭園でひとやすみ、のあと、吉屋信子記念館でのんびり、由比が浜通りをテクテク歩いて、今回はめずらしく八幡さま境内を熱心に歩いた。最後はイワタコーヒー店のサンルームで、「じんちょうげ」というコーヒー飲んで春惜む、だった。

東京に戻って新宿に出て、夕食は中村屋でカレーを食べた。しばらくごぶさただった。ここ1年近く新宿の中村屋に行くのをちょっとだけ心待ちにしていた。というのは、戸川秋骨の『楽天地獄』で読んだ「冷熱の喫茶店」という文章がきっかけで、新宿中村屋の主「相馬君」に関するもの、現在の中村屋に両極にカレー、ボルシチとインド、ロシアのメニュウが健在なのはなぜか、という起源がとっても面白くて、戸川秋骨曰く「随分変わり者」の相馬くん、「いずれもその相手としたところが、反イギリス国なのだから、私には爽快に感じられてならない」とのこと。相馬夫人は明治女学校の出身とのことで、島崎藤村を通して戸川秋骨は彼女のことを知っていたとのいう。なんだか一気に新宿の中村屋に行くのがたのしみになってくる胸躍ると同時に頬緩む文章で、念願かなって、やれ嬉しや、だった。店内にはその歴史を伝えるパネル展示のようなものがあったので、気分はさらに盛り上がった。


展覧会メモ

  • 《開館七周年記念展『花逍遥』―花鳥風月に遊ぶ―》/鎌倉大谷記念美術館 *1
  • 鎌倉文学館 *2

購入本

今回の鎌倉ではちょこまかと買い物がたのしかった。本まで買えてしまえるなんて、と、言うことなしだった。岩波の日本古典文学大系2冊は今まで何度も図書館で借りていた。先日『義経千本桜』の「渡海屋」を見て、『ひらかな盛衰記』ってどんなだったけなあ、お筆がかっこよかったっけなあ、と追憶にひたっていたところ、ちょうどまた図書館で借りようと思っていたところだったので、グッドタイミングだった。芸林荘の店頭で2冊で800円。このシリーズは『文楽浄瑠璃集』がかねてからの愛読書でこっちは1冊800円で買ったのだった。『菅原』の通しを文楽で見たあと、この『文楽浄瑠璃集』をじっくりと熟読したことが、わたしの浄瑠璃読み始めだったかと思う。広津桃子さんは図書館で借りて読んで胸がいっぱいだった書物、以来ずっと講談社文芸文庫を探していた。念願かなって嬉しかった。こちらは木犀堂にて。解説は竹西寛子さんで、1冊全体がとてもいとおしい。また大事に読み返そうと思う。