週末古本日記

foujita2004-05-29


正午前、アファナシエフシューマン《森の情景》を聴いてよい気分になっているうちに、洗濯物がすっかり乾いていた。「sumus」と月の輪書林の目録とで急に古本熱がヒートアップしてしまったようで、ちょいと五反田の古書展へ。結果、当初の予算1000円をわずかに超えるという買い物をした。昼下がりはとある所用へ。その所用の度に通りがかる古本屋さんがある。店名はいまだに把握していないものの、たまに足を踏み入れる度に必ず欲しい文庫本が毎回200円で見つかるので、そのまま「欲しい文庫本が200円で売っているお店」と心の中で呼んでいる。今日も見事に200円で見つかった。駅前のコーヒー店で買った本をめくって、一休み。暑い覚悟をしていなかったのでちょっと歩いただけでずいぶんくたびれた。ヘロヘロと帰宅すると、注文していた古本が届いていた。

購入本

五反田の古書展にて。

  • 雑誌「苦楽」昭和23年5月号

「苦楽」が安く売っているのを見つけてさっそく大喜びだった。5月の終りに手にした「苦楽」は奇しくもおんなじ五月号、鏑木清方の表紙絵が《菖蒲湯》というのがまた嬉しかった。目次のカットは小村雪岱門下の山本武夫によるもので、菖蒲だか杜若だかが描かれている。と、パッと手にした感じではいかにも粗末な紙の古雑誌でページ数も少なくて記事もわずかだけど、ちょっと見つめてみるとやっぱりとても研ぎすまされている。巻頭は「京の春を語る」というタイトルで、志賀直哉谷崎潤一郎吉井勇の鼎談。上村松篁が扉絵を描いて、「春の暮」と題して俳句を寄せてもいる。と、三宅周太郎が「京都の芝居」、桂文楽が「京の落語」、などなど、コラム欄をちりばめた構成が嬉しかった。久生十蘭の『貴族』という短篇小説が掲載されていて、さっそく読んだ。挿絵が宮田重雄。と、やっぱり「苦楽」の誌面はたまらないものがあるなアとホクホクだった。

全著書を少しずつ揃えたい著者のひとり、網野菊さんの小説集が安く売っていて嬉しかった。露伴の『芋の葉』は、あちこちの雑誌や書籍に寄せた短い文章や序文を1冊にした散文集という体裁、露伴のこういう本が好きだ。饗庭篁村のことを描いた文章が2篇、「明治文壇雑話」と「饗庭篁村と須藤南翠」というのをまっさきにめくった。後者は岩波文庫の『明治文学回想集』に収録されているもので、「早稲田文学」の大正14年刊行の「明治文学号」が初出。岩波文庫の『明治文学回想集』を読んだ頃は、筑摩書房の「明治の文学」の饗庭篁村の刊行が待ち遠しくてたまらなかった。ちょっと懐かしい。初めて読んだ「明治文壇雑話」という文章は昭和3年の筆、露伴饗庭篁村のことを、

《篁村は、人物もよく、文品も勝れて、明らかに文学者としてのオリヂナルがあり、飽くまで自己の個性から出発しているので、その作品中のあるものは、今日の目から見てもその文学的価値の卑しからぬものがある。》

《篁村は別に新しがる気もなく、自分の勝手で物を書いたが、それが却って真の意味に於ては後の人々の新しいことになっていた。》

というふうに書いている。これを見て、佐藤春夫の『退屈読本』における久保田万太郎評のことを思い出した。「秋風一夕話」という大正13年筆の文章で、佐藤春夫は《個性というものは永久に新しいのだから久保田君が個性に忠実なる限り、過去の作家のような気がしたからと言ってそれはそう感ずる方で悪いのである。》というふうに書いていた。露伴の文章集をめくって、前々からの懸案、井原西鶴読みをいよいよ実行に移したくなってきたけれども、いつになるかな。

獅子文六全集』の端本は第一回配本で、『嵐といふらむ』『夫婦百景』『すれちがい夫婦』『自由学校』を収録。図体が大きくて場所をとるなあと思いつつも、帯も月報も内容見本もそのままの新品同様で200円という価格はどうしても無視できない。『嵐といふらむ』『すれちがい夫婦』が未読。たまにむしょうに獅子文六にひたって居心地のよい文章を満喫したいと思うことがあるので、今のうちに部屋の本棚の用意しておく必要があるのだ。なんて未読の獅子文六はまだ何冊もあるのだけれども。月報に河盛好蔵の「家庭小説としての獅子文六」という文章があった。河盛好蔵の文六論は、同じフランス帰りという経歴が醸し出す冴えのようなものがいい感じで、いつも注目している。

野上弥生子さんの全集の端本は300円。実は図書館へ行くたびにちょっと手があくと、全集の野上弥生子日記をペラペラめくるのがわたしのひそかなたのしみ。ちょっとした文芸評や観劇記録などを垣間見るのが結構たのしい。武藤康史さんが里見とんに関する文章で、何度か野上弥生子の日記の評を引いていたのが印象に残っている。ちょっとそんなことの真似をしてみたい。昭和2年から4年までを収録している巻がぽろっと手に入ったのも何かの縁かなあと思う。


「欲しい文庫本が200円で売っているお店」にて

このところ気になっている高見順の『昭和文学盛衰記』を探すべく、文春文庫があるあたりの棚を眺めていたら、前々から探していた矢野誠一さんを発見。わーいと手にとって今回も200円。解説は江國滋で、いつもながらの「東京やなぎ句会・人物誌」がとてもいい感じ。週明けは鈴本で小三治独演会というタイミングで入手したという展開。文春文庫の矢野誠一著作がやっと部屋の本棚に揃った。


帰宅したら届いていた本は、

先週、山口瞳の新刊『わが師わが友』をホクホクと読みふけったあと、巻末の初出一覧で初めて存在を知った本。「酒中日記」のことを知ったのは、大村彦次郎さんの『文壇うたかた物語』がきっかけだった。この本、何年か前の夏休みの鎌倉で購入して小町通りのイワタコーヒー店で読みふけったのをよく覚えていて、「酒中日記」のことを知ったのもその日のこと。「酒中日記」とは「小説現代」に刊行当初から現在まで続いている名物ページで、毎回異なる作家が登場してお酒にまつわる日記形式のエッセイを寄せているというもの。「小説現代」の編集者をしていた大村彦次郎さんが、同誌に戸板康二が寄せた短篇小説からヒントを得て始めた実現した企画だった、ということを大村彦次郎さん自身の著書で知ったという展開だった。戸板ファンとしてはなんとも嬉しい。

以前図書館で「小説現代」をめくって、いろいろな人たちの「酒中日記」を読みふけったということがあって、実にたのしい時間だった。「酒中日記」のアンソロジーがあるといいのになあと思いつつも、不覚にも深くは追求せずに現在に至っていたところ、なんということすでに2冊も刊行されているようではないか……。という会話を日曜日歌舞伎座で金子さん(id:kanetaku)さんと交したあとで、これはきちんと確認せねばと京橋図書館へ調査へ出かけてみると、『酒中日記』の方には戸板さんによる序文まであってびっくりだった。今さらにように知ることになるなんて、と、よろめきつつも、2冊の『酒中日記』はとてもいい感じで、この本を知った経緯が戸板さんに関する文章が掲載されている山口瞳の新刊だったということも何かの縁かなあとも思う。さっそくネットで取り寄せた次第。めくってみると、ホクホクとなるところの目白押し。

毎回別の書き手が書くというのがこの連載を面白くさせていて、通して見てみると、吉行淳之介の名前が編者として冠されているのがいかにも、ちょっとした文壇読み物にもなっていて、なかなか秀逸。「おっ」という著者を散見できるのもたのしく、東海林さだおの日記をあらためて目にして(図書館で一度見たことがあって笑いをこらえるのに苦労した)、あらためてニヤニヤ。金井美恵子の「酒中日記」は『タマや』で文学賞を受賞した日々を書いたもので、受賞式の日の日記に、《百万円の小切手とミキモトの高級指輪とデュポンの時計と万年筆をいただき、パーティー会場では武田百合子さんに花やお酒はいただいたでしょうから、と、現金入りののし袋をいただいてしまう。》というくだりがある。ああ、百合子さん! なんてかっこいいのだろう。

この本については、後日自分のサイトにも書くつもり。