休日日記:文学館と映画館

午後、新宿から京王線に揺られて仙川へ。前々から気になっていた武者小路実篤記念館へ出かけた。仙川は初めて降りる駅。展覧会見物は初めての町を歩くのがいつもそこはかとなくたのしい。いかにも私鉄沿線というふうな商店街を歩いてゆくと桐朋学園が見えてきて、急に興奮。桐朋女子というと、戸板康二が戦前、1年間だけ国語教師をしていたという東京戸板名所(?)のひとつ。昨日の新橋第一ホテルに続いて、連日の戸板散歩が嬉しい。よいお天気の昼下がり、ますます機嫌よく歩いてゆくと、いかにも武者小路実篤っぽいかぼちゃの絵の道標が点在していたおかげで、道に迷うこともなく無事に実篤公園に到着。

実篤公園は木が鬱蒼としげっていて木漏れ日が美しい、とても素敵な公園だった。公園のなかに旧実篤邸があり、ちょろっと見物。係員の方々は皆とても感じがよいし、公園内は人々が気ままにくつろいでいる様子、しみじみいい公園だった。と、思いのほか、実篤公園に上機嫌だった。木々の紅葉が美しくて、そういえば今年ゆっくり紅葉を見たのは今日が初めてだなあと気づいた。公園を抜けると、武者小路実篤記念館がある。この文学館もささやかながらも、とてもいい感じ。なにかと興味深い展示のオンパレードだった。ふたたび実篤公園に和んだあと、もと来た道を戻って、駅に向かった。桐朋学園の脇を歩いていると、ピアノの旋律が聞こえてきて、これまたいかにもな感じ。耳をすませてみると、ラフマニノフのピアノ協奏曲第2番の第1楽章の展開部に入った箇所。ふたたび京王線に乗って、下北沢で映画を見て帰宅。

展覧会メモ

武者小路実篤の生涯に関わる、各ジャンルのポスターを展示した展覧会。これが期待通りに面白かった。広告や宣伝の媒体としてのポスターが本格化した時期として思い出すのは、明治末の杉浦非水の三越のポスター。雑誌「白樺」の創刊はまさにそんな時代のまっただ中の明治43年だったというわけで、ポスターという切り口で白樺派武者小路実篤を見る、というのがとても面白かった。芝居や展覧会の告知をしたり本や雑誌の宣伝のために作られた数々のポスターは、そのデザインを見るたのしみもあれば、その時代の雰囲気が伝わってくるというたのしみもあるし、そのポスターの伝えるものそのものの細部を凝視するのもたのしいし、日本のグラフィックデザインの諸相というようなことを思ったりもする。芝居、美術、書物など、さまざまなジャンルにわたった展示をみることで、展覧会がそのまま日本の近代文化史という趣きになっていて、武者小路実篤の活躍した時代そのものが見えてくるのがよかったし、ポスター、パンフレット、内容見本などが展示されている今回の展覧会は「紙もの」そのものの歓びにも満ちていた。

今まであまり深く考えていなかったのだけれど、武者小路実篤も大正文士のご多分にもれず、演劇と密接な関わりを持った文学者で、演劇関係の展示がとりわけたのしかった。大正4年の新富座では『二つの心』、舞台監督が山本有三、舞台意匠は有島生馬、出演俳優は花柳章太郎喜多村緑郎川上貞奴といった顔ぶれにワクワク。今月の歌舞伎座で大正4年帝劇上演の岡本綺堂の戯曲を見て、戸板康二の生まれた大正4年の劇壇に思いを馳せた(というほどでもないが)ばかりだったので、さっそく嬉しかった展示物。築地小劇場上演の『愛慾』、築地座のモルナールの『午後七時』、戦後の「民芸」では滝沢修の舞台写真がかっこよかった。と、ポスターの展示がそのまま「新劇史」となっているのが面白かった。築地座のモルナアルのくだりを見て、徳永康元のことを思い出した。徳永康元ハンガリーに惹かれたきっかけとして、この時代の新劇のことを書いていたけれども、新劇史を見ると、当時の文学青年の熱気みたいなものにいろいろと考えさせられる。幼少の頃から親に連れられて歌舞伎を見て育った戸板康二も、青年時代になると歌舞伎ばかりではなく、バランスをとるべく新劇を見るようにした、と書いているのだった。「新しき村」関係の展示も面白くて、戦前のガリ版刷りポスターが素敵だった。昭和43年の「新しき村」50年祭公演では八代目三津五郎が登場していて嬉しく、利倉幸一もどこかの写真に写っていた。

と、演劇史も面白いが、ポスターにあらわれる日本美術史もとても面白くて、とりわけ岸田劉生の登場箇所に胸が躍りまくり。「大調和美術展覧会」の昭和2年のポスター、河野通勢、岸田劉生、椿貞雄が3人並んでいる写真があるのだけど、その写真の通りに3人のデザインによるそれぞれのポスターが一面に並んでいる箇所が今回の展覧会の圧巻だった。書物の展示ももちろん面白く、「白樺」と「スバル」の交換広告のくだりとか、劉生のデザインによる「白樺」100号記念号とか、武者小路実篤の本の装幀とか、書物を見るたのしみもあった。白樺派の時代を通してみる、文学と美術のまじわり、文学と演劇のまじわり、美術と演劇のまじわりというのがべらぼうに面白い。こういうのを追いかけるのがわたしの一番の娯楽なのだということを再確認させてくれるポスターの展覧会だった。

購入本

武者小路実篤はほとんど読んだことがないにも関わらず(戸板康二の「ちょっといい話」での武者小路実篤の登場ぶりはいつも大好き)、白樺派をはじめとする武者小路実篤の周囲のもろもろがとても面白くて、ここで催される展覧会は今後も見逃せないかもしれない。なんて思いながら図録売り場を眺めていたら、過去の展覧会もなにかと面白そうで、つい散財。といっても4冊で計1050円也。薄い冊子なのですぐ読めてすぐ参照できて、とてもいい感じ。図録を眺めているうちに、木村荘八のこととか、柳宗悦のこととかを思い出したりもして、このあたりのことを今後も追及していきたいとますます思うのだった。

映画メモ

小沢昭一益田喜頓山茶花究三木のり平の名前を冠した映画を3本ずつ、1週間替わりで上演する今回の特集。非常にわたくし好みの企画な上にすべて未見の映画ばかりというのが嬉しい。チラシを入手したときは大興奮だったけれど、なんやかやで行き損ねて、やっと3週目の山茶花究で行くことができた。この映画も今まで知らなかった映画なのだけれど、昭和30年代の日本映画を見るたのしみが典型的に詰まっていてとてもよかった。それにしてもこの時代の日本映画は俳優が豪華。北関東でインチキまがいの行商をする一行を描いた映画で、加東大介が主人公だけど、脇の脇までが豪華なメンバーで気を抜く暇がない。有島一郎三木のり平のスリコンビが一瞬登場する瞬間がたまらなかった。前に「日本映画における競輪の系譜」ということを思ったことがあったけど、この映画でもスリ二人組が登場する競輪場シーンがとても印象的だった。一瞬登場のインチキくさい産婦人科医師・多々良純も「いいぞー」だった。後半に突然登場の森繁久弥は色にふけったばっかりに人生を踏み外した色事師といった役柄で、もうまさしく色気がムンムンでしみじみ見事だった。加東大介の若い恋人の娼婦、団令子がコケティッシュでとってもかわいい。名前が冠してある山茶花究はチラシの解説通りに、渋いノドを聴かせます! 山茶花究ファン大喜びの瞬間だった。