文化生活一週間 #25

今週のおぼえ帳

  • 神奈川県立文学館のあと横浜港の廃線跡を歩く

日曜日正午、横浜へ出かける。雨が降っていなくて、嬉しい。曇り空の下、石川町駅からテクテクと元町商店街の裏通りを歩き、ウチキパンでパンを買い、外人墓地を横目に急な坂道をへろへろとのぼりきったときはいつもそれだけで達成感なのだった。海の見える丘公園のベンチで昼食のパンを食べて、しばしぼんやり、……しているうちにポツポツと雨が降ってきた。おっとこうしてはいられないと本日の目的地、神奈川近代文学館http://www.kanabun.or.jp/)の閲覧室に駆け込む。閑散とした閲覧室入口がうっすらと視界に入ってくるといつも「もしや今日は休館日?」とヒヤリとするのだけど、結局いつも「開いててよかった」という展開。そして、ロッカーに荷物を預けて館内に足を踏み入れると、たいていいつも先客は一人もいない。そんなこんなで、日曜日の午後、日頃からしょっちゅう検索しては時間を忘れるほど夢中になる神奈川近代文学館で(http://www.kanabun.or.jp/kensaku.html)、思う存分(…でもないけど)、本を眺めた。

まずは、中戸川吉二文献ということで、目録で見かけるたびにいつもえらく高価な、中戸川富枝句集『春日』(砂子屋書房昭和14年12月)。巻頭の肖像写真(期待に違わぬ美貌)に見とれたあと、瀧井孝作の序文をフムフムと熟読する。水守亀之助『わが文壇紀行』正続・朝日文化手帖(朝日新聞社、昭和28-29年)を読む。『北村十吉』の終盤の登場人物、矢来町に所帯をもっている親切な友人「K・M」はあなただったのね! と、『北村十吉』で読んだ経緯を脇からあらためて読み直すことになってワクワク。内容はとてもいい感じで、「朝日文化手帖」という細長い造本もなかなか素敵。一気に物欲が刺激される。

前々から見かけるたびにそそられつつも機会を逸していた、宇野浩二『文学の三十年』(中央公論社昭和17年)を初めてきちんと読む。巻頭のスナップ写真を参照しつつの本読みがたのしい。大正12年創刊の「随筆」の、牧野信一中戸川吉二の交わりのところがとてもいい。何度も読み返しては写真を眺める。わたしが牧野信一を読むようになったのは久保田万太郎がきっかけだった。牧野信一久保田万太郎の交わりは「随筆」の編集者と寄稿者として対面したのがきっかけだった、ということを急に思い出して、ジーンとなる。中戸川吉二読みの余韻にひたるべく、こうして適当に文献を眺めているとおのずと、大正文士の交流をヴィヴィッドに体感できるという『北村十吉』の一番の魅力、その魅力にひたっているときの感激が時間をおいてフツフツと胸によみがえる。この一連のひとときがなんともいえない甘美さだった。宇野浩二の『文学の三十年』は実にいい本だなアと、またもや物欲が刺激される。『北村十吉』を里見とんの側から書いた『おせっかい』(新潮社、大正12年)は、時間がないので今日のところはパラパラと下見する程度にしておく。勢いにのって、「随筆」を全号閲覧したいところだったけど、本日の来館目的その2に着手せねばならぬので、後日のたのしみにとっておくことに。

この一週間のかつてない古本大散財のせめてものつぐないということで、大岡龍男資料と野口冨士男資料の閲覧、が本日の来館目的その2。前々から気になっていた、大岡龍男の一周忌本、大岡護一編『龍男拾遺』(私家版、昭和48年)は目録で見たらうっかり買ってしまいそうだけど買うほどのものではないので気をつけよう、というようなことを思ったりする。

そうこうしているうちに、あっという間に閉館時間が迫ってきた。今日は充実していたなアと心地よい疲れとともに外に出てみると、ちょうど雨があがったところ。まだまだ日没までは時間がありそうだ。雨があがったことだし、たまの横浜来訪だしと、急な坂道をズズズズとくだって、山下公園方面へテクテクと散歩。海からの風に吹かれて、気の向くままに前方へ歩く。右手に氷川丸が見えると、子供時分に母と船内に入ったもののたいしておもしろくなかった、ということを思い出し、左手に神奈川県民ホールが見えると、何年か前に大枚はたいてウィーン国立歌劇場来日公演《ナクソス島のアリアドネ》を見物し、バルツァの作曲家がたいそうハンサムでグルベローヴァのツェルビネッタにノックアウトされ、あのときの指揮者シノーポリはすでに他界、というようなことを思ったりする。

とかなんとか、ぼんやりと歩を進めているといつの間にか遊歩道を歩いていた。この遊歩道はかつては貨物電車の線路(たしか)だったという。電車はもとは人間ではなくて荷物を運ぶためにあったと先生から聞いて宮脇少年しょんぼりと宮脇俊三がどこかで書いていたのをふと思い出して、ニンマリ。線路は続くよ、どこまでかとズンズンと歩を進めると、いつの間にか足もとに本物の線路登場! ワオ! さらに歩を進めると、赤れんがの倉庫の建物で港気分が盛り上がり、さらに前進するとポツリと駅のホームの跡地があって、わーい、終点! とよろこぶ。達成感に酔う。

横浜地方裁判所の建物を横目に関内駅に向かって歩く。先月フィルムセンターで見た野村芳太郎の『事件』の佐分利信芦田伸介を思い出りたりする。夏至のあとの最初の日曜日、日没までにはまだあと少し時間がありそうだった。

パリでも評判のナイトクラブの女主人が、英国帰りの愛娘が自分の若い“ツバメ”に恋したことを知り、三者三様、心の葛藤に苛まれる。ジャック・フェデーの助監督だったマルセル・カルネのデビュー作で、詩人のプレヴェールが台詞の執筆に参加、やがて『天井桟敷の人々』(1945年)へとつながる協力の始まりとなった。

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’36(監)マルセル・カルネ(原)ピエール・ロシェ(脚)ジャック・プレヴェール、ジャック・コンスタン(撮)ロジェ・ユベール(美)ジャン・ドーボンヌ(音)ジョゼフ・コスマ、リオネル・カゾー(出)フランソワーズ・ロゼー、アルベール・プレジャン、シャルル・ヴァネルジャン=ルイ・バロー、ロラン・トゥータン、リゼット・ランヴァン
【チラシ紹介を転記】