気まぐれ映画館

このところ早起きなので時間がたっぷり、朝っぱらから白洲正子の『遊鬼』(新潮文庫)の鹿島(嶋?)清兵衛のところを読み返して、その余韻で、突発的にちくま文庫森鴎外『灰燼 かのように』を持って外出。鴎外の『百物語』、しみじみ見事というか、この独特の傍観者的文章が妙に胸にしみいる。

うっかり書き損ねていたけれども、先週、戸板康二の『ぜいたく列伝』が学陽書房の人物文庫として再刊された。これを機にいろいろと再燃中、と、日中は図書館のことばかり考えていたのだけれども、なんやかやで帰るのが遅くなってしまって無念なり。こうなったら、毒を食わば皿まで、といわんばかりに、渋谷までレイトショウを見に行った。

帰りの電車のなかで、突然、リヒャルト・シュトラウスの《ばらの騎士》の第2幕冒頭のゾフィの館の管弦楽のことを思い出して、寝床でひとたび聴いてみたらハマってしまって、すっかり宵っ張りになってしまった。


購入本

映画メモ

軽めの増村保造なのかなとそこはかとなく期待して見に行って、どうってことのないと言ってしまえばそれまでだけど、俳優を見るたのしみはずいぶんあって、ほんわかとよいあと味で、すぐに忘れてしまいそうだけれども、ちょっとした気分転換で見るにはちょうどいいかなアといった感じの映画。レイトショウで気まぐれに見に行くのがいかにもぴったり。

没落地主の母・杉村春子は先祖代代の土地を守ろうと懸命で、姉・山本富士子舞踊家として身をたてて家を出ていて、妹・若尾文子は家業の花の栽培を離れて「スチュワデス」試験に合格、いよいよ憧れの都会生活が始まったというところ。山本富士子は若手舞踊家勝新太郎(濃い!)と周囲の猛反対を押しのけて結婚、若尾文子には幼馴染の川口浩がいて、川口浩には妹・野添ひとみ野添ひとみは一家を手伝う川崎敬三を思っているが、川崎敬三は昔から山本富士子に憧れていた、川崎敬三はかつての小作人の息子で、いまでは没落地主の一家と立場が逆転しつつある、といった感じの人物交錯。芸術家肌で世間知らずの勝新太郎に尽くす山本富士子、現代ッ子・若尾文子の二姉妹の女優ぶりがとてもよかった。若尾文子はこういうドライな現代娘という役どころがよく似合っていて魅力全開、とてもかわいかった。山本富士子も芯の強い一本筋の通った女の役を演じるとやっぱりいい感じ、ちょっと吉村公三郎の映画みたいでもあった。野添ひとみは口の聞けない役なのであまり持ち味をいかせてなかったような気がするけれども、川原の芝生に寝転んでパッと起き上がるという初登場の瞬間がとっても鮮やかだった。全体的な仕上がりは女優競演というか、女性映画という趣き。

物語は結局一家の離散、新天地開拓という方向へと収束してゆく。そこの別れの宴のところの杉村春子が絶品で美しかった。杉村春子がしみじみ美しい映画だった。『安城家の舞踏会』よろしく、山本富士子と踊るシーンがとてもよくて、運命をあるがままに受け入れることの美しさ、みたいなものがあった。

と、予定調和的に物語は収束してゆくのだけれども、そんな予定調和に身を任すのがたのしいという感じの映画。若尾文子の「スチュワデス」姿もかわいく、原宿駅のまん前の高層アパートも時代色が出ていて面白かった。一家は手放す土地は一面農村で開発が今まさに始まろうというところ、多摩川沿いとのことだったけれども、正確にはどのあたりだろう。全体的にはあまり増村保造の個性は感じられなくて、いかにも昭和30年代の映画ならではの「レトロ」感を眺めるという感じ、でもそんな均質的なところがかえってよかったのかも。時折挿入される勝新山本富士子の舞踊シーンはちょっとどうかと思ったけど。

農地改革で没落した地主一家の物語。4人の名女優が4つの女性の生き方を華やかに競演。若尾文子はスチュワーデスに憧れる次女を演じる。男優陣も豪華なオールスター映画。(チラシ紹介文より)